第二章① 今さら主人公の自己紹介って遅くね?
昨日はそのまま家に逃げ帰った。
母さんは寝ていたから、俺が逃げ出したことには気づいていない。
しかしどうしたものだろう。
街から逃げるのもそうだが、今日は仕事が待っている。春光祭の前後合わせて三日は休みだが、今日は普通に仕事だ。
そういえば俺について紹介していなかったな。
俺ことアズールは十四歳。十二歳で成人する俺の国では、立派な大人である。
職業は運送業。街にやってきた荷物を分配し、武器屋やギルドに納める。わかっている、ファンタジー世界なのに地味な職種だと。でも立派な仕事だ。そう言わないとやってられない。頼むから察してほしい。
もちろん俺にも夢はあった。小さい頃は王国騎士団に入りたかった。学生時代は剣術の成績は一番だったさ。
でも諦めた。仕方ないだろ。視力が足りないと言われたら。
俺の左目は、生まれつきよく見えない。輪郭がぼやけるが、日常生活する分には支障ないし、剣の気配がわかるから困らない。
しかし戦時には致命的だというのだ。確かに遠方から大砲を打ち込まれても気づかないだろう。それだとダメだというのだ。過去百年ほど戦争なんて起きていないのに。
そう言われたら、俺には何もできん。
母さんは「許してくれ」と泣いていた。母さんが悪いわけじゃないのに。
まあ今の仕事になったのは偶然だが、それなりに楽しくやっている。色んな人と話せるし、普段行かない場所に行ったり。東区なんて滅多に行かないから、仕事で配達があるとちょっと楽しい。生まれ故郷ながら、別の街に来たみたいだ。
そんな楽しいお仕事だが、今日から再開である。こんな緊急事態だから休業かもしれないが、チーフの親父がめちゃくちゃ怖い。魔物と野獣のハーフなんじゃないかと疑うくらい狂暴で、すぐに殴ってくる。口角に泡を飛ばして怒鳴るから、きっと水属性だろう。
そんなチーフなのでサボるとどうなるかわかったもんじゃない。日中の魔物が襲ってくるかわからないが、チーフは確実に殴ってくる。街の魔物は襲ってこないことがわかった安心感もでかい。せめて一回は出勤して「来たけど誰もいなかった」というためにも、俺は出勤することにした。
母さんは泣いているのが予想されたので、トイレのふりをしてサッサと出てきた。
街の様子は昨晩と同じ。それはもう静かなものだった。空には相変わらず魔物がうようよ飛んでいる。空は真っ黒いままだから恐ろしさは変わらない。しかし外出は二度目なので、昨夜より恐怖心はなかった。
それに外出しているのは俺一人だけではない。数人だが、物陰に潜む人の姿が見えた。背格好からして男だろう。こんな中に外出するとは、よほど肝が据わっているか生活必需品に困っているか。はたまた上司が魔物以上に恐ろしいほかないだろう。誰かは判別できないが、遠くから声援を送りたい。
さて、俺も物陰に隠れつつ職場に向かった。仕事中は街中を行き来するが、拠点となる倉庫は城壁の出入口付近にある。大通りに面しているので魔王の目の前にあるのだ。だが裏口から入れるので、幸いにも魔王に見つからずに済んだ。
窓の外を見ると、巨大な魔王の足元が見えた。尖った爪先、エナメル調の素材。魔王のブーツは案外オシャレだった。
「遅せえぞ!」
室内に入るなり怒号が飛んだ。聞き慣れた声。チーフだった。
「すんません」
俺は思わず頭を下げる。だが頭を上げた時、室内にはチーフしかいないことに気づいた。チーフは窓辺に座ってタバコをふかしていた。いつもなら立ったまま、あちこちで指示を出しまくっているのに。
「あの、他の連中は……」
「誰も来ねえんだ。ったく、腑抜けどもめ。全員減給だな」
チーフは悔しそうにタバコを噛んだ。喫煙者のチーフだが、吸うよりストレスで噛むことがザラだ。
「え、じゃあ今日は休み……」
「馬鹿、仕事だよ!」
俺の発言を遮り、チーフが叫んだ。窓辺から魔王が見えているのに大声。この人の音声ボリュームはゼロか百しかないようだ。
チーフはイライラしながら時計を見た。歯噛みされた口元のタバコがうねうねと動く。
「はい始業開始。なのに誰も来ない。仕方ねえ。今日は二人体制だな」
「本当に仕事するんすか?」
「馬鹿、こんな時だから仕事すんだよ!」
目の前に魔王がいるのに、チーフはいつも通り。だが住民のことを考えての行為なら、好感が持てた。
「じゃあ俺は物資の振り分けすっから、お前配達な。全地区」
前言撤回。二十人以上の仕事量を与えられ、やはり殺意を覚えた。