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魔王が居座るせいで始まりの町から出られません  作者: 団 卑弥呼
【第1部】はじまりの旅が始まらない
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第八章④ 思いがけず最悪な未来が回避されたようです

 外に出ると、明らかに異変があった。ギャーギャーうるさいのだ。鳥が騒ぐような、不快な声だ。

 少しして気づいたのだが、空にいる魔物の数が増えている。飛ぶスピードも速く、中には屋根の上で歓談し、ゲラゲラと笑っていた。


 はしゃいでいる。魔物たちの様子は、まさに「はしゃぐ」という表現がピッタリだ。

 今まで無関心、見ても遠めからだったのに、昭かに俺たちとの距離が近くなっている。それが何を意味するのか、俺にはわからなかったが、よくないことが起きたことだけは理解できた。


 俺は走った。急ぎで荷物を届けるイメージで、歩を進める。一刻でも早くこの場を逃れるため、全神経を尖らせながら道を急いだ。


 倉庫から旧市街地付近に抜けた時、俺の前に人影が現れた。悲鳴を上げそうになったが、なんとか堪える。歯を食いしばって、なんとか悲鳴を噛み殺せた。


「よっ」

 目の前に現れたのは、ルルだった。


 そういえば、魔王を発見したあの日もここで驚かされた。怒りを覚えたが、それ以上に警戒しきれなかった自分が残念に思えた。


「……何してんの?」

 嫌だがルルに尋ねた。無視されて、長く足止めされても面倒だからな。


「これでわかったか?」

「何が?」

「何をしても無駄だということが」

「!」


 最初ルルが何を言っているのか理解できなかった。しかし言わんとすることを理解して、全身の血液が沸騰した。


「お前、まさかわかってたのか?」

 ルルは頷いた。


「究極の剣で倒せないってことも?」

 ルルは頷いた。


「ハインツが負けることも?」

 ルルは深く頷いた。


 俺は全身から力が抜けそうになった。しかし倒れてはいけないと、気を強く持った。ヨークを放り出すだけでなく、一度倒れたら二度と立ち上がれない気がしたからだ。


 最高に腹が立った。しかし、不思議と頭のどこかは冷静だった。ルルを殴ろうという気も起きない。ヨークを抱えていたせいかもしれないが、目の前の生物には何をしても響かないと思ったのだ。


「なんで何も言わなかった?」

「私は聞いたぞ、本当にいいのかって」

「言ってないだろ」

「何度も聞いたぞ、ハインツの腕を治す時に」


 言われて思い出した。そういえば、しきりに俺に確認をとっていた。他人の腕なのに、なぜ俺に聞くか不明だったが、そういうことか。


「そんなのでわかるわけないだろ」

「私もそう思ったのだ」

「?」

「こうならないと、君にわかってもらえないと思った」

 ルルは視線をそらした。無表情なルルだが、どことなく申し訳なさそうに見える。


 そうか、ルルにとっても悲しいことなのだ。ハインツが幼馴染なのは、俺もヨークも、そしてルルも同じだ。表立っては見えずとも、俺らは同じ喪失感を抱いていたのだ。


 だがルルならなんとかできたはずだ。少なくとも倒せないことを知っていたし、ハインツを止められたかもしれない。


 ここまで思い至って、ふと気づいた。あの時ルルが止めて、俺たちは止まっただろうか。


 いや、続けただろう。ヨークは長年の夢である究極の剣を作っただろうし、剣があればハインツは街のために戦った。そして助かるために、俺は材料を集めた。

 もしルルが口出ししてきたら、俺らは鼻で笑ったに違いない。「うまくいかないはずがない」と。そして俺たちの尊い行為に水を差したとして、こっぴどくルルを追い返しただろう。


 ルルがハインツの腕を治せると知っていたら、何がなんでもやらせていた。もし本人が回復魔法を使えないと言われても、街中駆けまわって術者を探したはずだ。

 それでもダメなら……俺が戦っていただろう。「こんな素晴らしい剣があれば倒せる」と、あの時の俺は本気で思っていた。そもそも騎士の称号がないだけで、俺はハインツより強い。ハインツよりも上手にやれると思っただろう。

 もし剣を握ったのが俺だったら。今頃俺は消し炭になっていただろう。

 もしもの世界を考えただけで、今までの出来事が急に色彩を失った。すべてがハッキリしているのに、自分の軸がぐにゃりと歪んだようだった。


「一緒にきてほしい」

 ルルの声が、やけにハッキリと聞こえた。


「頼むから、賢者の話を聞いてくれ」

 ルルが深々と頭を下げた。


 いつもの俺なら、断っただろう。正直早く帰りたい。だが今のルルは、この上なく真剣に見えた。そしてピンと来た。ルルの言う賢者が、魔王が探している人物なのではないかと。汚い格好で街をうろつき、地下に住んでいるのは、すべて魔王の目から逃れるためなのではないかと。


 そう考えたら、すべての合点がいった。賢者を差し出せば、すべてが終わる。失った友は帰ってこないが、これ以上の犠牲を出さずに済むのだ!


「連れていってくれ」

 俺が答えると、ルルは嬉しそうだった。枯れた野原に朱色の花が咲いたような、そんな笑顔だった。


 ヨークを自宅に送り届けると、俺とルルは旧市街地へ急いだ。

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