第八章③ 決戦終了…笑うのはどっちだ⁉
世紀の戦いの一部始終を見守るため、俺とヨークは、倉庫の窓辺に張り付いた。ここからなら魔王の足元がよく見える。安全とはいえないまでも、最高の観覧席だった。
俺は瞬きすら惜しみ、じっと窓の外を伺った。ハインツが飛び出してくるのを、今か今かと待ちわびた。正味五分もかからない時間が、とても長く思えた。無音な室内で、自分の心臓の音がやけにうるさかった。
その時はきた。
物陰からハインツが飛び出すと一閃。魔王の左足首めがけて両手剣を振り下ろした。
やった! 俺は確信した。ハインツの実力を知る俺から見ても、渾身の一撃だった。大出血どころか、魔王の足首は吹っ飛んだかもしれない。それほどまでにパワーも勢いもある攻撃だった。
だが事実は違った。クリーンヒットしたはずが、魔王の足首はそのままだった。一滴の血も流れていない。これにはハインツも動揺していた。うろたえる様が、遠目からでもハッキリ見えた。
「嘘でしょう……」
隣のヨークが呟いた。その声に、先ほどの興奮は微塵も感じられない。窓辺に置かれた手がブルブルと震えている。窓辺から目を離せない俺だが、見ずともヨークの動揺はありありと伝わってきた。
窓の外では、ハインツが一人戦っていた。剣を振り上げ、何度も魔王に斬りかかる。だが何も起こらない。がむしゃらに斬りつけ、まるで初心者の素振りのようだ。尊い騎士である、ハインツの姿はどこにもなかった。剣を試されるような、一人で踊らされているような。見ていて悲しくなってきた。
戻れハインツ。俺が思ったその時、魔王の全身がカッと輝いた。
赤い光に包まれ、熱波が襲う。一瞬、俺は魔王が燃えていると思った。だが眩しくて、魔王を直視できない。光線の時と同じように、俺は目を閉じた。
熱い! ヨークの家にある竈に手を近づけた時よりも、何倍も熱かった。脳裏に肉が浮かび、焼かれるとはこんな気持ちなんだろうと思えた。
そんな熱波も一瞬で終わった。恐る恐る目を開けると、魔王周辺の建物がなくなっていた。光線で焼かれた時のように、魔王の周囲が黒焦げている。倉庫はなんともないが、隣にある魔王寄りの建物は、消し飛んでいた。
あと一件魔王側にあったら、倉庫も消し飛んでいただろう。
俺は激しい震えに襲われた。ここでヨークは失神した。バターンと音を立て、床に転がった。だが今の俺にはヨークを介抱する余裕はなく、ただ震えるばかりだった。
ハインツは?
体が動かない俺は、目だけで旧友の姿を探した。見つからない。嫌な予感がした。俺はアーサーのことを思い出した。アーサーや王国騎士団もまた、同様に消えたのだから。それに剣も見つからない。遠目でもあんなにハッキリ見えた剣なのに、消し飛んだのか? 魔王を倒せるはずの究極の剣が?
惨たらしい現実に、俺は理解が追い付かない。震えも酷いから、考えることにも集中できない。
【いつまで隠すつもりだ】
地響きのような低い声がする。二度と聞きたくない、あの声だ。魔王を見ると、口から野太い煙を吐き出し、目の怪しい光がキョロキョロと動いていた。
【こんな雑魚をよこして、もう許せん】
前回と違い、魔王の声には苛立ちが感じられた。
【いいか、明日まで以内に奴を差し出せ。さもなくば無関係な者も皆殺しにするからな】
魔王の目の光がカッと強く輝くと、急速に消えた。口からの煙もボワッと大量に噴き出したが、煙が消える頃には、魔王は完全に沈黙していた。
二回目だというのに、俺は動けなかった。情けないことに指一本動かせない。しかし全身がガクガクと震え、滝のように全身から汗が噴き出した。
魔王の沈黙を確認し、俺は呼吸を整えた。上手に息が吸えなかったが、まずはリズムを整え、だんだん深く息を吸い込む。
いつも通りに呼吸できるようになってはじめて、魔王の言葉を反芻することができた。
俺は今、とんでもない発言を聞いたのかもしれない。
よくわからないが、魔王は誰かを待っているようだ。で、誰かが現れずに別人が来たので、怒っている。そして、その誰かが現れない腹いせとして、街を滅ぼす。タイムリミットが明日。よくわからないが、非常にまずい事態だ。
だが魔王が鎮座している理由はなんとなく掴めた。
魔王が待つ誰かが生贄になってくれれば、街から消えるだろう。誰かが誰のことなのかまったく想像つかないが、魔王にとってよほど重要な相手なのだろう。そうでなければ、もし俺が魔王の立場だったとして、誰かを殺したいとしたら、隠れている街ごと焼き払う。でもそんな暴挙ができないほどのキーマンに違いない。
究極の剣が通用しなかった今、この街で生き残るには「キーマン」を探すしかない。俺は今自分がすべきことを理解できた。
ヨークに頼ろうにも、今なお意識が戻っていない。置いていきたいが、鍵をかけないとチーフに殴られる。面倒だがひとまずヨークの家に連れて行くしかない。俺はヨークを肩に担いだ。幸い小柄で軽いので、荷物のような感覚で運ぶことができた。