第八章② 決戦直前の俺ら
俺らはまず、俺の勤務先である倉庫へ向かった。そして魔王の足元を見ながら、作戦会議を立てた。幸い俺が鍵の隠し場所を知っていたので、無人の倉庫を好きに使うことができた。
初めて魔王を見たハインツとヨークは言葉を失っていた。今までは文字や脳内イメージだけの存在だった魔王が、今現実として目の前にいるのだ。俺もそうだったが、この衝撃は計り知れない。
しばらく放心していた二人だったが、気を取り直して会議を続けた。
俺はアーサーたちのことを話した。ただ城が消し飛んだことは言わなかった。まだ兄の死を知らないヨーク、今は希望に燃えているのに、水を差したくなかったのだ。倉庫への道すがらハインツにも話したので、二人でうまく明言を避けられた。
前回の反省点を活かし、今回の作戦を立てる。言葉にすれば簡単だが、容易にできるわけではない。なにせアーサーたちは瞬殺されているし、魔王の弱点らしい弱点も見つからない。しかもサイズが大きいので、頭部や心臓への致命傷も与えにくいだろう。話せば話すほどに、絶望が深くなった。
「では、こういうのはどうでしょうか」
ヨークが目を輝かせた。
「前回の敗因は、戦闘前に魔王から攻撃されたことです。名乗りをしないなんて騎士の名折れですが、魔王には通用しないのでしょう。だったらこちらも礼儀に則った戦い方をする必要はありません。卑怯な手でも使うべきです」
おいおい。確かに合理的だが、騎士であるハインツにいうことではないだろう。
案の定、ハインツが渋い顔をしている。
「卑怯な手は嫌だぞぉ」
「考えてもみてください。魔獣に言葉が通じますか? どんなに和平を持ち掛けたって、奴らは牙を剥いてきますよね。今回も同じです。魔王は人間に近い形をしていますが、人間ではありません。そんな相手に、騎士のルールなど不要でしょう」
「それもそうだなぁ」
ハインツはあっさり懐柔された。だが俺も納得だ。
そうだ、人間じゃない魔王に騎士道精神を見せたって、無駄でしかないのだ。これをアーサーたちが、もっと早くに気づいてくれたら。きっと「王」とつくことで、魔王相手に敬意を払った結果なのだろう。本当に残念でしょうがない。
「強大な相手に勝つには、奇襲しかありません。まずは相手の死角に潜み、深めのダメージを与えましょう。渾身の力で攻撃してください。きっとその初手が戦局を大きく左右するでしょうから」
「どういうことだぁ?」
「もし魔王の片足を落とせたら、魔王は足をかばいながら戦うしかありません。それほどまでに大きなダメージを与えられるのは、相手が無防備かつこちらが準備万端な最初だけです。だから最初は足を落とすイメージで、重い一撃をかましてください!」
ハインツはふんふんと興奮しながら聞き入っていた。ヨークの奴、戦いは苦手なくせに、頭が回るから指導が的確だ。俺にも悶絶する魔王の姿がイメージできた。
「また、それほどに大きな異変があれば、魔王は頭を下げて患部を確認するでしょう。そこが狙い目です。目を潰すか、心臓に剣を突き立ててください。初手以上の大ダメージになるでしょう。悶絶するはずですから、後は攻撃、攻撃、攻撃! 一気に畳みかけて、魔王の息の根を止めましょう」
俺とハインツは、思わず拍手していた。この時の俺たちには、ヨークのいう勝利のビジョンが明確に見え、その素晴らしさに酔いしれていたのだ。
この後はすぐだった。魔王の死角になりそうな建物を探し、どこに攻撃するのがベストか決めた。結果、俺たちのいる倉庫から城壁沿いに進み、魔王の左足首に真横から切りかかることになった。
魔王の足は脛当てで守られていたが、ブーツ自体の装甲は厚くない。それに足首の動きを邪魔しないよう、足首まわりは装甲を厚くしない。足でも比較的細い部位なので、切り落とす覚悟で挑むことにした。
幸い足首は肩ぐらいの高さにあるので、大剣を振り下せば届くだろう。ハインツが一番攻めやすく、また魔王が一番守りづらい部位でもあるのだ。
ハインツは自宅にある最も高額な防具で身を固め、倉庫を出た。騎士団員の甲冑に比べれば脆弱だ。だが戦いに向かう息子を案じて、おっちゃんが何も言わずに差し出した品だった。
「勝てよ、ハインツ」
俺の口から自然にこぼれた。まるで祈りにも似た言葉だ。
「勝てますよ。ハインツ君ならね」
ヨークは笑いながら呟いた。その声から、興奮を押し殺しているのが伝わった。