第七章④ 空気読めないヤツが最強すぎる
翌日も朝から、俺は材料集めを始めた。鍋の焦げなんて本当に何に使うんだ。切った爪のグラム数を計るなんて、これからの人生で二度としない経験だろう。幸い本当に変な材料は二・三品だったので、面倒ながらもなんとか用意できた。
薬も必要だったので、病院にも行った。城から一番近い大病院に行ったが、ジャンという患者はいなかった。ジャンどころか、魔王が現れてから誰も患者が来ないらしい。
城から近いので、病院にいた人は魔王の攻撃も見ていたらしい。突然強い衝撃を感じ、窓から閃光が飛び込んできたそうだ。目が慣れた頃に大通りへ飛び出すと、今の惨状になっていたらしい。大通りに出ていた看板は消し飛んでいた。
もしこの病院があと数メートル大通り沿いにあったら、建物の一部が消し飛んでいただろう。最初に看板消失に気づいた医師は倒れてしまい、今も病床にいると聞いた。
確かにあの閃光じゃ、消し飛んだ瞬間は見れないだろう。よほど大通りから離れた高台じゃなければ全容を見ることはできない。
ということは、あの惨劇を知っているのは大通り沿いの住人だけ。詳細を知っているのは魔王近辺にいた住人だけということになるだろう。
もっとも大通り沿いの人が誰かに言えば、話はもっと広がっているだろうが。
目撃した人がいる以上、今さら隠す必要はない。だが一番困るのはパニックが起こること。しかもこの状況下じゃ、どんなパニックが起きるかわかったもんじゃない。
一番現実的なのは資源の奪い合いだ。街から物資が入ってこないことを知り、店への暴動が起きるかもしれない。また、店が暴利で食べ物を売る可能性もある。どちらにしろ好ましくない。
また、王族が消えたことで、国を乗っ取る輩が出てくるだろう。王都の混乱に乗じて隣国が攻めてくるかもしれない。まあ、あの魔王を倒してくれるなら、むしろ大歓迎にも思えるが。
ただ一番困るのが、魔王を怒らせること。極限状態に耐えきれず、逆切れして魔王に挑む者が出てくるかもしれない。王国騎士団でも勝てないんだ、民間人なんか一瞬で消される。だが抵抗されたことで魔王の機嫌を損ね、本格的に街を侵略してくるのは困る。
今はおかしな奴が出てこないことを切に願うばかりだ。
そう思うと、ヨークの究極の剣は、唯一のチャンス。この街の未来がかかっているのだ。
ハインツが戦い、俺が材料と集めることで、街を救うことができる。今になって俺たちがしていることへの重みがのしかかってきた。
しかし重圧と同時に、俺は大丈夫だと頭のどこかで楽観視していた。
究極の剣を作るのは大変だが、逆に完成できたら今の悪夢が一瞬で終わる。作ってしまえば、すべてが解決するのだ。
実際に戦うのはハインツだし作るのはヨークだ。俺には材料集めしかできない。しかし俺が材料さえ集めることができたら、あとは誰かが魔王をどうにかしてくれるのだ。
だから俺は次へ繋げなければならない。俺にできることを頑張ろうと、気合を入れ直した。
努力の甲斐あって、三日ですべての材料が確保できた。大したエピソードもないので、詳細は割愛する。
ただ最後の一つはルルでなければ調達できないため、俺はハインツの家に向かった。治療最終日なので、運が良ければルルに会えると思ったからだ。
俺が行った時、運よくルルがいた。ちょうどハインツに最後の治療を施したところで、腕の回復具合を確かめているところだった。
「よぅ、よく来たなぁ」
ハインツの笑顔が暗い。なんだかぐったりしている。
「どうした、お前元気ないぞ」
怪我が治ったのに元気がないとはどういうことだ。普通だったら元気はつらつな状態じゃないのか?
「いやさぁ、めちゃくちゃ疲れるんだよぉ、回復魔法ってぇ」
「そんなもんなのか?」
「全身の元気を患部に集中させるから、身体への負荷が大きいんだ」
ルルが解説し、俺は納得した。元気が取柄のハインツがぐったりするくらいだ、よほど負荷が大きいのだろう。
「でもよぉ、おかげ様で今日で全快だぜぇ。見ろよぉ、この腕ぇ」
ハインツが自慢げに左腕を出してきたが、俺の目には何も感じられない。ただ太い腕だなぁと思った。
「よかったな」
「おおよぉ。これでいつでも魔王を倒せるぜぇ」
「そうだな、それまでじっくり休んでな」
「ただ俺思ったんだがよぉ」
「?」
「ダチが作るんだから、当然俺が戦うもんだと思ってたんだけどさぁ。そんなスゲー剣があるならよぉ、俺よりも適任がいるんじゃないかってぇ」
嫌な予感がした。
「アーサーとか、俺より強い奴にお願いした方がいいんじゃないかってぇ。少なくとも俺だけじゃなくてぇ、作戦部で計画練ってから戦った方がいいと思うんだぁ。剣は一本しかなくても、陽動作戦とかぁ。戦い方を決めてぇ、騎士団総出で戦った方が確実だと思うんだよぉ」
俺の脳は完全に停止した。何と答えていいかわからなかったのだ。適当に返そうにも、急激に喉奥が引き絞られたようで声が出ない。どうしたらいい。俺は動かない頭で必死に考えた。
「城は消し飛んだよ」
ルルが答えた。俺はルルに馬鹿と言ってやりたかった。だが相変わらず声が出ない。
「はぁ?」
「だから、魔王の攻撃で城は消し飛んで、騎士団も全滅したぞ」
最初、ハインツは信じていないようだった。というかルルがふざけているのだと思ったいたようだ。
「お前って冗談言うのなぁ」
「私が冗談を言うと思うのか?」
カラカラ笑って聞いていたが、ルルが真実を話す内、ハインツの表情がどんどん強張った。
「おいぃ、冗談だよなぁ」
ハインツは俺の両肩を強く掴んだ。掴まれた後もギリギリと力が加わって痛い。俺まで冗談だと言えと強要されているようだ。
何と言えばいいんだろう! 結果として、俺は何も言えなかった。沈黙で、むしろ真実味を増したのだろう。ハインツは俺の肩を離すと、ガックリと項垂れた。
「誰か冗談だって言えよぉ」
今にも泣き出しそうな声だった。きっと今、ハインツの中で様々な思いが巡っているのだろう。仕事のこと、仲間のこと。城と関係が薄い俺だってそうだ。かなりの衝撃を覚えた。ハインツの思いは、俺の比ではないだろう。
「……わりぃ、二人とも帰ってくれねぇか」
ハインツが呟いた。俺らとルルは何も言わず、ハインツの部屋を出た。