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魔王が居座るせいで始まりの町から出られません  作者: 団 卑弥呼
【第1部】はじまりの旅が始まらない
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第七章③ 王都買い出しツアー ~トラウマ抉りも添えて~

 家に帰ると、軽い朝食をとった。昨夜散々騒いだ後だから、腹が減って仕方ない。俺の食べっぷりを見た母さんは、ただ呆然としていた。


 母さんが片付けている間、俺はポケットに手を入れヨークのメモを取り出した。するとコツンと何かが指に触れた。取り出すと、ルルから渡された小瓶が出てきた。適当にポケットに突っ込んでいたのを忘れていた。

 ひとまず受け取ったはいいが、使う予定はない。誰が尻のマッサージなんかするものか。


 俺は窓の木枠にそっと小瓶を置いた。間違って母さんが使わないよう、張り出し窓に並べた植木鉢の陰に隠しておいた。


 改めてヨークのメモを取り出し眺めた。明るい場所で見直すと、様々な材料が紙いっぱいにびっしりと書かれている。

 これから全部一人で集めるとなると、面倒くさくなってきた。

 だがハインツの完治に三日はかかるから、気長に集めていけばいい。猶予があるため、幾分気が楽になった。


 まず俺は遅刻覚悟で一旦職場へ向かった。本当は行く必要ないのだが、行かなくていいという確証が欲しかった。先日は休みと言っていたが、あのチーフのことだ。この二日で決定が覆っているかもしれない。それにこれから一大事業が始まるのだ、確固たる休みの保証が欲しかった。


 外出する俺を、母さんは心配していた。でも言っても無駄だと思ったのだろう。一通りの制止をすると、それ以上は何も言わなかった。



 閑散とした街を歩く。当初よりは人が出歩いていた。それもそうだ、魔王登場から一週間以上経った今、家の中だけで所用を済ませるには限界が出る。誰も目を合わせずそそくさと用事を済ませているが、死んだように静かな街にとっては「人がいる」という事実が何よりも大きく思えた。


 倉庫に行くと、案の定仕事は休み。誰もいないし、ドアには「無期限休業」のお知らせが貼られていた。だがそれでいい。休業の確認ができたので、俺としても自由に動ける。俺は次の場所へと向かった。



 ヨークから指示された材料は多い。鉱物や砂利はいいとして、スパイスや糸は何に使うのだろうか。天才の考えることはよくわからない。まあ要求された材料が何であれ、ひとまず簡単そうなものから集めることにした。

 多くの店は閉じていたが、ノックすれば店主が出てきた。どこもひっそりと営業していたのだ。緊急時にヘンテコな買い物をするので変な顔をされたが、どこもすんなり売ってくれた。

 両手いっぱいになるとヨークの元へ向かい、荷物を置く。そしてまた次の買い物へと向かう。

 材料の種類も多いが、量も多い。まったく究極の剣とやらは手がかかって仕方ないようだ。おかげで俺は何度も往復する羽目になった。



 午後三時を過ぎた頃、近場で買えるものはほぼ買い揃えた。あとは一つ買えば、残りは入手が面倒なものだけになる。だがすぐ買える最後の一つは、買うのがとても困難だった。城のそばにある店に置いてあるのだから。


 俺は城に行きたくなかった。更地になった城を見れば、王国騎士団だけでなく王侯貴族がすべて死に、国の執政機関が死んだ現実から目を反らせなくなる。だが国難よりもジャンの死を受け入れることが何倍も苦しく思えた。


 行きたくない。だがあの店じゃないと買えない。


 俺は葛藤した。後回しにするという選択もできたが、いずれは行かなければならない。誰かに代わってもらいたいくらいだ。だが代わってもらった誰かは、城が消し飛んだことを知っているのだろうか。住民の何割が城の消失を知っているのだろうか。当然ハインツには代わってもらえない。きっと俺以上に心を痛めるだろう。俺以上に大切な人が城にいただろうし、アーサーの死を知ったら取り乱すだろう。


──だから俺が行くしかない。


 悩みすぎた俺は、なんだか腹が立ってきた。なぜ俺がこんなに悩まないといけないんだろう。悩んだって現実は変えられないし、俺にはどうにもできないのに。

 そう思ったら、なんだか吹っ切れた。どうせ逃げていたって、いつかは城に行くことになるんだ。だったら今行ってやろうじゃないか。


 そうだ、「死んだかも」と思うからつらいんだ。もしかしたら偶然生き残った人がいて、ジャンとも再会できるかもしれない。そしたら笑って、ジャンの背中を叩いてやろう。前に進むためにも、白黒ハッキリさせる必要があるんだ。


 この時の俺は、一時間後には「あんな心配して馬鹿だったな」と笑っていると思っていた。いや、思い込もうとしていた。自分の望む未来になるのだと言い聞かせ、他の可能性に関しては考えないようにしていた。



 城があった場所は、見事に更地になっていた。何もないのは遠目でわかっていたが、まさか城の土台すら残っていないとは。改めて俺は絶望した。

 せめて骨でもあれば拾ってやるのに、大通りの石畳同様、黒焦げた跡しか残っていなかった。結局俺は何もできずに家へと帰った。たくさんの荷物を持っていたが、ヨークの顔を見れる自信がなかった。


 帰る途中、ヨークの家が見えた。灯りはない。昨日ヨークから聞いた話によると、ヨークの両親は城壁の外へ出かけていたらしい。なんでも納品のため、近隣の村を巡っていたのだとか。戻りは春光祭当日で、ちょうどパレードが見れるか見れないかの時刻になると言っていた。

 だからヨークの家は、今誰もいない。誰かいるとすれば、ジャンが帰った時だけだろうとヨークは笑って教えてくれた。


 そのヨークの家には、灯りがない。城が消し飛んでから、数日経った。どんなに遅くても、すでに帰宅しているだろう。それとも病院に行っているのか?


 色々と考えたが、もう疲れた。ジャンは死んだのだ。どんなに言い繕っても事実は変えられない。むしろ望みを持てばつらくなる一方だ。現実感がないからついつい考えてしまうが、確実に俺の心はダークサイドに持っていかれた。これ以上は俺の精神に問題が生じるだろう。だから俺は考えるのをやめた。


 ジャンは死んだ。


 シンプルに考えた途端、ああもうどうしようもないのだなと理解できた。死んだと決めた途端、ようやく俺は事実を直視できた気がする。気づいた時には、俺は泣いていた。


 涙が止まってから俺は帰宅した。母さんは何か察したようだったが、何も言わなかった。

 夕食のパンだけもらい、部屋に籠った。食べたくないのに腹は減る。俺は苛立ちを感じながら、仕方なくパンを齧った。食べながらヨークのメモを見直す。だいたい七割は揃っただろうか。あとは加工が必要なものや面倒なものを集めるだけだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なかなか話が進まないな、と思いながらも引きが上手いのか、一度読み始めるとぐいぐい読み続けてしまいます。 結局あの婆さんは何だったのか。続きが気になります。
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