第六章③ お待ちかねのアイツ、ついに登場★
ハインツは考えるのをやめた。そもそも考えるのが苦手な奴なのだ。だから言い負かしてしまえば、簡単に俺の言うことを聞いてくれる。
俺より体格がいいし力もあるのに、こういうところは可愛く思えた。
「本当に大丈夫だろうなぁ?」
「まあお前は布被っていけよ。見つかったら厄介だから」
「お、おう」
「曲がりなりにも騎士が二人いるんだぜ。最強だろ」
「そうだな!」
ハインツはいそいそと出かける用意を始めた。
ギターを抱えながら俺は考えた。確かに俺は強い。騎士団には入れなかったが、その年の試験で一位だったと教えてもらった。それに負傷しているが、ハインツもかなり強い。これまでに俺とまともに手合わせできたのはハインツしかいない。
俺の独断じゃなく「アーサーの配下」にということでも証明されている。アーサーの配下は騎士全体の五パーセントしか選ばれないため、その実力は折り紙つきだ。いくら負傷しているとはいえ、パワーもあるから片手でも重い攻撃が出来るだろう。
俺たち二人なら人相手ならもちろん、魔獣相手なら勝てるだろう。だが魔物は戦ったことがない。どうなるか未知数だ。そして魔物の長である魔王は、俺らより強いアーサーを瞬時に消し去ってしまった。真正面からぶつかっては、俺らも消し炭にされるだろう。
だが今それを言っても、何にもならない。それよりもハインツと気晴らしする方が何倍も大事だ。
住人以上に家から出られないハインツは、久々の外出に浮かれていた。オンチな鼻歌まで歌っている。
俺はただ今は何も考えずに、この時間を楽しみたかった。
ハインツの家族が寝静まったのを見計らって、俺らは外に出た。
ハインツは飛び跳ねんばかりの勢いで街を駆けた。負傷しているのが腕とはいえ、いくらなんでも元気すぎる。よほど鬱憤が溜まっていたのだろう。
はしゃぐハインツを押しとどめて、俺らは旧校舎へと向かった。
案の定、誰も出歩いていなかった。当たり前だ、魔物はウヨウヨ飛んでいるし店も開いていない。こんな夜中に出歩く方が不自然だ。
ハインツは初めて見る魔物に驚いていたが、ずいぶんケロリとしていた。多分俺が堂々としているし何度も家を行き来しているからだろう。
俺は当初あんなにビビっていたのに、無様な姿が見れずに残念だ。
誰にも出会わず、俺らはスンナリと旧校舎に辿り着いた。旧市街地にあるような、二階建ての建物。もとから陰気な雰囲気だったが、真っ黒な空でますます陰気に見えた。
しかし今日は隣に相棒がいる。不思議なもので、不気味であればあるほど面白く思えた。だから俺らは終始テンション高く半笑い状態だった。
「いつもの部屋でいいかぁ?」
校舎に入るとハインツが尋ねた。俺らはいつも校舎二階、奥から二番目の部屋を使っていた。
本当は奥の部屋が良かったが、先輩たちが使いまくったのだろう。落書きが酷いので、俺らは手前の部屋を愛用していた。
「いや、音が出にくそうな部屋がいいだろう」
なんとなく二階はマズイ気がした。窓から音が漏れそうだし、地上よりも魔物から近づく。気配を察した魔物が近づいてきたら一巻の終わりだ。
根拠ない理屈だったが、ハインツも納得した。だから俺らは音の籠りそうな部屋を探した。
「たしか地下室なかったけぇ」
校内を巡っていると、ハインツが言い出した。
「避難用にってぇ」
そうだ、俺も思い出した。
隣国との戦争時、城壁と同時に地下壕が作られたはずだ。女子供が避難するための小規模な空間だが、かつて学校にも作られたという。
ただ戦争から長い時が経ち、新校舎を設立する時は不要と判断され増設されなかった。だが旧校舎には地下壕があったし、「戦死者が襲ってくる」という怪談が在学中に流行した。
「あったな、地下壕」
「誰か押し込めたよなぁ」
「あったあった! 罰ゲームで」
「神隠し事件になってぇ」
「懐かしい!」
「俺たち叱られたよなぁ」
「そうそう、先生が魔獣みたいに目を釣り上げて……」
そんな話をしながら、俺たちは地下壕に向かった。階段の一階踊り場に、不自然な空間がある。普段は雑多な荷物が置かれているが、床に隠し扉があり、蓋を開けると地下に繋がっている。
そういえば、浮浪者の婆に会ったのも地下壕だったのだろうか。知らないだけで、地下には様々なものが隠されているのかもしれない。
もしかしたら外に抜ける道があるかも。俺は明日、街の地下について調べようと思った。
蓋は簡単に見つかり、あっさり開いた。学校にある地下壕だけに、子供の力でも開けるのだ。さすがに地下は暗いから、俺らはロウソクを持って入った。
過去に同級生を入れたことがあるので、暗いのはもちろん知っていた。だから最初からハインツの家からロウソクは失敬している。
旧市街地の地下とは違い、学校の地下壕はあっさりした作りだ。入ってすぐに広い地下空間が広がっている。子供だけで三十人ほどが避難できるだろう。もちろん生徒全員が避難するには狭すぎる。だが当時は従軍する生徒も多かったし、今より生徒数が少なかったから事足りたそうだ。
そんな空間の奥に光が見えた。チロリ、チロリ。ロウソクが揺らめいている。俺とハインツはお互いの体を掴んだ。
また心霊現象かよ!
俺は最近こんな目に遭ってばかりだ!
だが今日は怖くない。なんたって、ハインツがいるからな。それに俺も連日の怒りもあって「幽霊とやらがいるならとっ捕まえてやろう」くらいに思っていた。
近づくと、壁面に向かって誰かがしゃがんでいる。ゴソゴソと動き、何か作業をしていた。近づいても振り返らない。俺らにまったく気づいていないようだ。
そんな怪しい奴だが、近づくとすぐに誰だかわかった。ヒョロヒョロの体、爆発した髪の毛。見覚えがありすぎる風体だった。
「ヨーク!」
俺が叫ぶと、そいつは振り返った。やはりヨークだった。