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魔王が居座るせいで始まりの町から出られません  作者: 団 卑弥呼
【第1部】はじまりの旅が始まらない
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第五章④ 墓石の名前を眺めるのって、案外楽しいよな

 腰ほどの高さの墓石には、様々な名前が書かれていた。見覚えがあるような名前もあったが、どれも俺に関係ない名前ばかりだった。

 ああ、あの人も死んだのか。ああ、同級生の爺さんだな。

 そんな風に楽しんでみていたが、見知らぬ名前ばかりですぐに飽きてしまった。だがなんとなくまだ帰れない気がして、墓地全域をブラブラしていた。


 墓地の最奥は特に日当たりが悪い。城壁の陰がかかるので、一日の半分が薄暗い状態だ。生きてる人間が住むには不便だが、死んだ人間が眠るには問題ない。だから墓地の最奥は一等区画として、大きな墓が建てられていた。

 一等区画に眠るのは、王族以外に次ぐ高貴な身分の方々、戦死した英雄や豪商ばかり。王都でも人口の五パーセント程度しか眠れない、選ばれし人のためのエリアだった。


 さすが高級墓地だけあって、どの墓石も立派だ。俺よりも大きな巨大な灰色の花崗岩が、堂々とそびえ立っている。

 その中でも、特に大きな墓石があった。もう墓石というより石塔だ。墓地の中に小さな宮殿があり、左右に石塔が立っている。王族の墓かと思ったが、それはない。王族は城内にある専用墓地に埋葬されるからだ。政治犯による遺骨奪取や副葬品の盗掘を防ぐためで、この情報は街の住人全員が知っている。数年前、現役大臣を務める前王の末子が死んだ時、盛大な葬送パレードが行われ、城に戻って埋葬された。当時から王宮に勤めていたジャンがその様子を見たと、後になって教えてくれた。

 疑うつもりは毛頭ないが、王族を城外に埋葬する理由は何もない。追放された王子だとして、こんなに立派な墓を建てる理由はないだろう。ますますこの地に眠る人物が想像できない。


 俺は灰色の宮殿に近づいた。日当たりもあってか、そこだけ空気がじっとりしている気がした。まあ今は夕方だし、空が真っ黒なせいで日当たりも何もないのだが。


 宮殿は重厚な石扉で塞がれていた。墓なので建物内に入る必要はないのだが、なぜ扉があるのだろう。扉の奥は部屋になっており、死体が横たわっているのだろうか? 俺の国では土葬が基本だから、人一人寝そべる空間があってもおかしくない。だがそれにしても、この墓は大きすぎるが。


 そばに寄っても、俺は見るだけのつもりだった。だが石扉に何か文字が書かれていることに気づいた。思えば死者の名前がどこにも書かれていない。俺は石扉の文字を読んだ。長い年月に晒されたせいで、文字は土汚れがついていた。

 汚れを払って、俺は絶句した。そこには「アズール」と書かれていたからだ。


「俺の名前?」


 王都には数百人の住人がいるが、同じ名前の人間には会ったことがない。街に出入りする他地区の人間でも、アズールという人はいなかった。どちらかといえば、俺は珍しい名前なのだ。


 狼狽する俺だが、ふと気づいた。なんてことはない、多分勇者の名前だ。魔王を封印したのだ、こんなに立派な墓を与えられても何らおかしくない。

 その勇者からとって、俺の名付けがされたなのだ。父さんか母さんか知らないが、ずいぶん洒落たことをしてくれたもんだ。


 だがここでまた、ふと気づいた。だったら勇者の名前が、もっと知られていてもいいのではないか。


 勇者の名前がアズールだと今初めて知った。絵本には「勇者」とだけ書かれ、名前は伝承されていなかったのだ。

 勇者でないにしろ、アズールという英雄が活躍した話を俺は聞いたことがない。それに勇者の名前だ、俺以外にもアズール君が量産されていいはずだ。


 だが実際には「アズール」は俺しかいない。他にアズールなんて人は聞いたことがない。


 いや、一人だけいた。しかも昨夜知った。母さんが言っていたではないか。俺の父さんの名前がアズールだと。


 頭が痛くなってきた。眩暈がする。何が何か、もうわからない。完全に俺のキャパオーバーだ。

 だが、一つだけわかったことがある。


「父さんは死んでた……?」

 もう立っていられない。俺はその場で崩れ落ちた。

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