表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が居座るせいで始まりの町から出られません  作者: 団 卑弥呼
【第1部】はじまりの旅が始まらない
2/147

第一章② 母さんよ、俺のジェラートがないようだが

 寝込む俺を差し置いて、母はパレードに行った。当日午前中の俺は、まだ微熱だった。俺自身こんなに病状が悪化するとは思っていない。まあ俺を置いていったことは、この際どうでもいい。


 母が大通りに到着した時も、異変はなかった。街はお祭りムード一色。顔なじみの女将さん連中とジェラートを食べたそうだ。息子が苦しんでいるのにいい御身分だ。

 そんなこんなで正午が近づいてきたので、母たちは大通りに向かった。


 パレード開始は正午。開幕のベルが鳴り、騎士団が練り歩く。途中、仮装した役者が交じり、魔王討伐のエピソードが演出されるのが例年の決まりだ。

 俺も毎年見て内容は覚えているが、毎年パレードを見ないと春がやってきた気がしない。

 大通りに面した場所はすでに人だかりができ、母さんは渋々大通りから少し離れた場所でパレードの開始を待った。偶然幼なじみのルルに会って、軽く挨拶したらしい。


 そうこうしていると、ベルが鳴った。

 民衆から一気に歓声が上がる。

 

 楽しいパレードの始まり……と思ったのも束の間。西の空がじわじわと黒ずみ、空一面が真っ黒になった。夜とはまた違う。まさしく「黒」という表現がふさわしい空だった。暗いのに、光なしでも物が見える。

 だから最初は、みんなが王宮魔術師の演出かと思った。悪趣味な演出だと、人々は眉をひそめた。

 しかし空が完全に真っ黒になると、なんだか不安になってきた。

 いつまでこの演出は続くのだろう。民衆の間にじわり恐怖が広がった頃、悲鳴が上がった。


「何あれ!」


 誰かが上を見たのを皮切りに、全員が上を見た。真っ黒な空に、不気味な影。不思議だが、黒いのに影は見えるのだ。きっと黒さの質が違うのだろう。

 理屈はさておき、影は一つではなかった。最初は数える程度だったのが、一瞬にして増える。すぐに無数の影が空を飛び交ったそうだ。最初は小さくて虫かと思ったが、時間が経つにつれ影が大きくなる。かなり接近してきて、ようやく影の正体がわかった。


「魔物だ!」誰かが叫んだ。


 キマイラにデーモン、ガーゴイル。どれも絵本の中でしか見ないような、遠い昔に根絶した魔物ばかりだった。

 そこからは想像どおりの大パニック。方々で上がる悲鳴。逃げ惑う人の波。子供が泣く声。騒がしいのに魔物が笑う声だけはしっかりと聞こえる。まるで逃げても無駄だというかのように。


 幸いにも母さんは大通りから離れた場所にいた。だから民衆が逃げ惑う前に、いち早くその場を離れることができた。

 その場にルルがいたことも幸いした。街から変わり者扱いされているルルだが、魔力は相当高い。実力は国内随一の王国魔術団に入れるほどだ。ただ本人が「王宮っていじめとかありそう」と言って入団テストを受けないらしい。入団テストを受ける権利すらない俺からすれば、ふざけてるとしか言えないが。


 脱線したが、そんなルルといたので、母は無事帰宅できた。といっても魔物たちは直接手を出してこなかったらしい。混乱する人々を見て、面白がっていただけのようだ。一部では騎士や魔導士たちが応戦していたらしいが、期待はできない。なんせ平和な現代では、魔物討伐は年に一度。狂暴化した魔獣が人里に現れたとか、その程度の騒ぎなのだ。実戦経験がない騎士たちが、古の魔物たちに勝てるわけがない。その証拠に、街は今も魔物たちが漂っている。ここまでが母から聞いた話だ。


「だから今は外に出てはいけないよ」母は最後にこう締めくくった。


「わかったよ」

 信じられない話だが、窓の外から見た街の景色を見るに、疑う気も起きない。だが疑問は生じる。


「で、いつまでこうしていればいいんだ?」

「あいつらが消えるまでだよ」

「だから、それっていつだよ」

「知らないよ!」


 母も俺も、イライラしていた。どうにもできない負荷がかかると、人は怒りの感情が生じると知った。


「とにかく三日は食べるのに困らないから。その間に騎士様がなんとかしてくれるだろうさ」

「全員死んじまってなけりゃな」

「不吉なことを言うんじゃないよ」


 俺は自室に逃げた。母さんも追ってはこなかった。お互い押しつぶされそうなのだろう。母さんは不安に。俺は理不尽さに。

 でも顔を合わせると不満のぶつかり合いになるので、俺は部屋に閉じこもった。


 母さんの意見は賛成だ。魔物がいる以上、不用意に家から出ない方がいいだろう。だが俺はこうも思った。


「早く街から逃げた方がいい」と。


 このまま家にいても、いつかは限界がくる。それに待っているだけで、現状が解決できるとも思っていなかった。騎士や魔導士が対処できるとは思っていないからだ。


 俺は荷物をまとめた。もちろん母さんも連れて行くつもりだ。だがまずは逃げられるか一人で確認した方がいい。いきなり連れていって騒がれたら、魔物たちに見つかって殺されかねない。だから先に一人で行き、逃走ルートを確保する。可能なら街の外に避難できる場所を確保してから母を連れ出そう。そう決めた。


 俺は夜まで待った。空が真っ黒なせいで夜の感覚がないが、母が寝てくれなければ困る。夜は魔物が活発になるかもしれないが、そんなのは知らん。少なくとも昼間も元気に飛び回っているので、気にしても意味がないと思った。

 深夜。俺はそっと部屋を出た。(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ