第五章③ 夕刻を楽しむ墓場巡りツアー
小脇に持てるほどの小さな箱で、街の東側への配送だ。わざわざ家と逆方向の地域に配達する必要はない。
だがようやく落ち着きを取り戻したとはいえ、俺はまだ仕事をしていたかった。それに、どうせ帰ってもすることがない。母さんとも気まずいだけだろうし、俺が届けることになった。
そんな俺は、東地区に差し掛かった時、あることに気づいた。
「こんなことしてる場合じゃねえ!」
そもそも俺は、この街から脱出する方法を探していたのだ。そのために四日前、何も知らない不気味な夜にわざわざ抜け出したのだ。
色んなことがありすぎて、俺自身すっかり忘れていた。そして不本意ながら、今の異常な生活にも順応していた。
だが考えるまでもなく、事態は悪化の一途を辿っている。
街を守る英雄どころか、執政機関の城も賢い大臣たちも消し飛んでしまった。外からの援軍がない限り、街内ではどうしようもないだろう。
それにこのまま生活していけるかも怪しい。本日すべての荷物を配り終えてしまった。荷物がないということは、すべての資源があるべき場所へ配分されたということ。つまり各々が今手元にある資源だけで、やりくりしなくてはいけない。
では手元にある資源が、すべてなくなったらどうだろう。飢えるか争いが起こるか。だが何が起こっても、抑止力となる騎士も混乱を収める統治者もいない。
つまりこの街は、緩やかに衰弱していくことを意味していた。
配達の道すがら、俺は考えた。これからどうすべきか。
少なくとも明日は仕事にならないだろう。後からうるさいから、一応明日の朝、形だけ顔を出そうと思う。だが何もせずに帰らされるだろう。それから行動すればいい。
そもそも今日は、ヨークの家に顔を出そうと思っていた。ジャンとの約束があったから。だが先にジャンの消息を知るべきだ。だから今日は城へ行こうと思っていた。しかしながら、本当は一刻の猶予もないのだ。
せっかく東地区に来たのだから、今日は東地区で抜け穴がないか探そう。そして明日、ゆっくりジャンを捜索したらいい。
ヨークはきっと家に引きこもって作業しているだろうから、いつ行ったって構いやしないだろう。
キョロキョロしながら、俺は東地区を歩いた。他から見たら、よほど不審な人に見えただろう。だが幸い、街を歩く人は誰もいなかった。
街は東西に分かれているが、作りは大して変わらない。だが立地の都合上、集まっている業種が違ったりする。西地区は平地が少ないため、店が集まっている。武器や金物など、特に工業面が強い。一方の東地区は、平地に恵まれている。城壁内で唯一農業が行われ、関連する業種が集まっている。東地区の朝市には新鮮な作物が並ぶと、街内では人気だ。
だが「土地がある」のは、いいことばかりじゃない。東地区の日当たりが悪い場所は、墓地として活用されていた。
不幸なことに、今日のお届け先は街内一の大規模墓地のそば。普段からいい気がするものではないが、空が真っ黒かつ魔物が飛び交うような状況なら、どうしたって気味悪い。
いつも通り早足で駆け抜け、さっさと配達を済ませた。帰りも走って逃げる予定だ。
しかしこの時は突然、本当に突然なのだが「墓を見たい」と思った。
なぜそう思ったのか、俺にもわからない。まるで宝箱が眠っているような。見えない妖精が墓石の裏に潜んでいるような。そんな感覚に襲われたのだ。
気が付くと、俺は墓地に足を踏み入れていた。さっきまでの薄気味悪さは、いつの間にか消えていた。むしろ初めての墓地にワクワクしていた。
実は俺、生まれてこの方、墓参りをしたことがなかった。面倒でサボったわけじゃないんだ、そこだけは勘違いしないでほしい。ただ我が家には墓がないだけなんだ。
おかしな話だが、物心ついた頃から俺の家には母さんしかいない。父さんが行方知れずなのはわかるが、普通は両親の祖父母がいるものだ。だが俺は一度も会ったことがない。
死んでいるなら墓があると思うのだが、ないと言うのだ。どうしても納得できなくて、以前祖父母の所在について母さんを問い詰めたことがある。その時は「父さんも母さんも孤児だった」と言いづらそうに答えた。俺としては納得できていないが、事実なら飲み込むしかない。
だから俺は人生で一度も墓地に入ったことがないのだ。
とりあえず俺は、手近にある墓石から一件ずつ眺めて回った。