3、弟の反抗期
従業員への対応はアーサーに任せ、アズールは家に向かった。
道中の稽古場で三男ロベルトを拾い、ユムユムに会議に出るように伝えた。
ちなみにユムユムはドルドネから交換留学している学生で、同い年のロベルトと一緒のカリキュラムで学んでいる。
ユムユムに話をつけた後、アズールはロベルトとともに帰宅。
居間に母と妹ミーナを集合させた。
「兄さん、どうしたの?」
ミーナが不安げに尋ねた。
勘がいい子だから、アズールの様子から何かを感じ取ったのかもしれない。
何から話していいか迷ったが、今まで通り、あったことをそのまま話した。いい機会だから、魔王や一族についてもしっかり説明した。
父から直接聞いていない部分もあったが、ルルやケンジャから聞いて知ったこともある。だからアズールが本来なら知らない情報も正確に伝えることができた。
話が進むほどに、女性陣は泣き始めた。特に母は過呼吸になって、何度も話を中断させた。
すべて話し終えた頃には母は虚ろな目をしていたし、ミーナも泣き疲れていた。誰も話す気力がなく、いつも活気にあふれた居間は静まり返っていた。
「噓だ」
静寂を破ったのはロベルトだった。
「父さんが死ぬわけない。どうせ全部兄さん嘘なんだろ!」
母もミーナも、困ったように顔を見合わせた。
そしてアズールを見つめた。
アズールは悲し気な表情を浮かべていたが、ちっとも動じていなかった。
「ごめんね」
「うるさい!」
ロベルトは荒々しく立ち上がると、自室に閉じこもった。
バンっと扉が閉じた後、ベッドに飛び込んだような激しく軋む音。その後に押し殺した嗚咽が聞こえてきた。ロベルトは人前で泣くのをよしとしない。だから泣いていることには誰も触れないようにした。
ロベルトのことに驚いて、母もミーナも言葉を失った。しかし事態を理解してからは、またシクシクと泣き始めた。アズールだけが気まずそうに座っていた。
それからどれくらい経ったのだろう。あまり時間が経ってないはずだが、空は夕焼け色に染まっていた。みんなロベルトが去った後のまま静止していた。
「ただいまー」
ドアが開き、次男アーサーが帰ってきた。さっきまで泣いた痕跡は見えず、いつも通りカラッとしていた。
「お邪魔します」
アーサーの後ろには同年代の女性──幼馴染で婚約者のホリィがいる。
「おかえりアーサー。ごめんねホリィ。今日はちょっと……」
生まれた時から知っている顔とはいえ、突然の来客に母は慌てた。
「俺が呼んだんだ」
アーサーが母を制し、ホリィと共に席についた。
ホリィはアーサーの席に、アーサーは父の席に座った。他に席がないとはいえ、母もミーナも気まずそうだった。
「母さん、大事な話があるんだ」とアーサーは切り出した。
「お願いだから別の日にしてほしいんだけど」
「俺たち結婚するから」
「まあ、なんてこと!」
母は飛び上がった。感情が限界突破したのだろう。アーサーとホリィを交互に見て、泣き出してしまった。
ホリィがハンカチを差し出した。
「こんな時にごめんなさい。でも今こそこういう知らせが必要だって、アーサーと話したの」
「一人減ったけど、一人増えたから大丈夫だな」
「そういう問題じゃないでしょ! そういう問題じゃ……」
母はおいおい泣き出し、言葉を続けられなかった。ミーナとホリィで母を慰める。だがきっと母は大丈夫だろう。目には希望が宿っていたのだから。
その日の夜、家族はこれからについて話した。父の葬儀、当主交代に伴う手続きその他。やることはたくさんあった。
家の行事はアーサーとホリィが執り行ったので、アズールは家族のメンタルケアに注力できた。しかしロベルトが反抗期に入ってしまったため、長男としてアズールはかなり手を焼いた。
幸いにも、ロベルトの攻撃性はアズールにだけ向いていた。他の家族には冷たい程度だったので、それほど家の中がギクシャクすることはなかった。
家の中が安定するまでアーサーとホリィが同居してくれたので、ロベルト以外は予想よりも早く立ち直ることができた。