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魔王が居座るせいで始まりの町から出られません  作者: 団 卑弥呼
ジュニア外伝 ~あれから次の旅立ちまで~
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1、ジュニアの御礼参り

 父であるアズールを守り神にする儀式は、七日七晩続いた。百六十八時間後に、ようやく息子であるアズールジュニアは大地に寝そべることができた。


 満身創痍。見かけには何も異変はないが、身体中を高濃度の魔力が駆け巡ったせいで内面はズタボロだった。精霊たちがサポートしてくれなきゃ、儀式中に死んでいただろう。それほど過酷な仕事を終え、ジュニアは達成感に満ちていた。



 気がつくと翌朝になっていた。知らぬ間に寝ていたらしい。

 全身が筋肉痛でひどく痛んだが、動く分には問題ない。食料を求めて、ジュニアは首都マーリマリに戻った。



 たらふく料理を食べ、ベッドで眠る。ひと心地ついて、ようやく町の状況を確認できた。


 今さらだが呪術師たちの痕跡はなく、サザムの気配も消えている。いや、町を漂う魔力はピンと張りつめているから、守り神同士の戦いは始まっているのだろう。多くの人は何も感じないし、よほど魔力に敏感な人でも気づかないだろう。

 それほどに微かで高次元の現象が、この町に起こっている。でもそれを知っているのは自分だけで、多くの人にとっては前より調子がいいと感じるくらいだろう。

 自分以外のすべての人間が幸せそうに見えた。この町は大丈夫だと、ジュニアは理解した。


 父のことを思えば悲しくなってくるが、父のためにも泣くわけにはいかない。金輪際泣かないとジュニアはこの時に決意した。



 回復したジュニアは父が籠った坑道に戻ると、邪魔が入らないように入り口を塞いだ。石を積み上げて魔力で結合する。傍目には厚い岩盤に穴などないように見えた。


 坑道付近に異常がないことを確認すると、ジュニアは右肩に乗った精霊を岩盤の上に置いた。

「僕が来るまでお願いできる?」

 精霊は嬉しそうに宙を舞うと、岩盤に張りついた。その様子を見てジュニアは微笑んだ。

「すぐ戻るから。頼むね」


 こうしてジュニアはバーハタを去った。残された人々に父の言葉を伝えるために──


    ×    ×    ×


 バーハタを出国したジュニアは、父の故郷アーサーニュへ向かった。守り神ケンジャと愛猫ルル、そして父方の祖母に会うためだ。バーハタの隣国であるアーサーニュにはすぐ着いた。


 まずはケンジャのもとを訪れ、一連のことを話した。ルルもケンジャも言葉を失っていた。


「そうですか」

 沈黙を破ったのはケンジャ。相変わらず冷静だったが、悲しそうだった。そしてジュニアをギュッと抱きしめた。

 ジュニアを慰めるようだったが、本当に慰めてほしかったのは彼女なのかもしれない。ジュニアはケンジャのなすがままに抱かれていた。


「馬鹿だ。アイツは本当に馬鹿だ」

 憎まれ口を叩くルル。語気は強いが、目からは大粒の涙がこぼれていた。アーサーニュでは人型で過ごすルルだが、この時はネコ姿に戻り、墓石の一つに隠れてしまった。そしてすすり泣く声が響く。地下空間はいつにもまして陰鬱だった。


    ×    ×    ×


 ジュニアは一人で祖母宅へ向かった。その頃には夜になっており、夜間の急な訪問に祖母は驚いていた。

「あらあらまあまあ、いったいいつこっちに着いたの?」

「ついさっき」

「ご飯は食べた? そら豆のスープといいベーコンがあるわよ」


 祖母はうきうきとジュニアの夕食の用意を始めた。

 祖母との再会も、祖母の料理も、大好物のベーコンも嬉しい限りだが、父の件を考えるとキューっと胃が痛くなる。美味しかったが、あまり食べられなかった。


「美味しくない?」

 食が進まない孫を、祖母は心配した。


「なんでもないよ。ちょっと疲れちゃっただけ」

 せめて父以外のことで心配させないようにと、ジュニアは頑張って出された料理を全部食べた。祖母は不審がったが、食べ終わるまで何も言わなかった。



 食後のお茶を飲みながら、ジュニアは父のことを切り出した。祖母は魔王のことを知っているので、あったことをそのまま話した。下手に言葉を省くのは失礼だと思ったからだ。


 祖母は取り乱すことなく、最後まで黙ったまま聞いていた。事情をすべて話し終えてから、ジュニアは亡父の伝言を伝えた。


「そう」

 祖母はそう呟くだけだった。愛する一人息子が死んだのだから、もっと取り乱すと思っていた。だからジュニアには祖母の反応が意外だった。


 だが祖母は一気に年老いたように見えた。身体から生気や生きる希望が抜け出して、より一層シワシワになった気がする。じっと硬い表情を浮かべる祖母は、試練に耐える彫像に思えた。


「ありがとうね」

 祖母はジュニアの頭を撫で、寝室に向かった。


「疲れたでしょ。あなたも早く休みなさい」

「うん。おやすみ、おばあちゃん」

 祖母の背中を見送ってから、ジュニアも寝室に向かった。



 祖母の家には、亡き父の部屋が残っている。今は家族が泊まる時用に片づけられてしまったが、幼き日に使った道具などはそのままだ。

 本棚には学生時代の教科書とともに、幼少期の絵本が残っていた。一冊手に取り開いてみると、勇者が魔王を踏みつけ勝利宣言していた。


「この本、昔読んでもらったなあ」

 祖母の家に来るたび、父に絵本を読んでもらった。アーサーと一緒に何度もせがむから、途中で父が嫌がっていたことを思い出した。


 懐かしいのに読む気になれず、そのまま本棚に戻した。


    ×    ×    ×


 翌朝の祖母はいつも通りだった。少し老いただけで、働きぶりも態度もいつもと変わらない。だから安心してジュニアは自宅があるポートに帰ることができた。


 地上にある墓地に再度墓参りし、去ろうとするとネコ姿のルルが待っていた。

「私も行くぞ!」


 嫌とは言わせんとばかりに、ジュニアの頭に飛び乗った。


「君はここにいて欲しいんだけど」

「そうやって私を厄介払いする気だろ!」

 ルルはジュニアの頭に爪を立てた。


「困ったな」

 ジュニアは人目のない場所に移動し、じっくりルルと話すことにした。


 まずは頭皮に食い込む爪をしまってもらい、お互いの顔が見えるように胸元に抱かせてもらった。

「ルル、君には大事なお願いがあるんだ」

「嘘だったら許さないぞ」

「話だけでも聞いてくれないかな」

「じゃあ話してみろ」


 周りに人がいないか、より警戒してからジュニアはルルに話しかけた。誰にも聞こえないよう、ルルの耳元で小声で話した。


「そういうことなら話は別だ!」

 すべて聞き終えたルルは上機嫌だった。

「他でもない、お前の頼みだものな」


 ルルはジュニアの額をひっかくと、地面に降りた。

「忘れるな。その傷は約束の印だからな」

 ジュニアが額を触ると、手にうっすらと血がついた。重傷ではないが深く切られたようだ。


「こんなことしなくても大丈夫なのに」

「忘れられたら困るからな。毎朝鏡を見るたびに思い出すがいい」

「わかったよ」


 ルルの背中をサッと撫でて、ジュニアはそのまま街を出た。ルルは小さくなる背中をいつまでもいつまでも見送っていた。

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