5、アーサーの決意
アーサーが騎士団の控室に戻ると、部下たちは暗い顔で彼を出迎えた。
部下たちに動揺が伝わらないよう気持ちを切り替えたつもりだが、アーサーの様子から何かを感じ取ったのだろう。
「あの、どういう決定があったのでしょうか?」
部下の一人がおずおずと尋ねた。
アーサーは努めて笑顔で、迷うことなく答えた。
「ひとまず無期限待機だ。いつでも出撃できるよう、各自体を休めておけ」
アーサーは全員を自室に追い返した。みんな戸惑っていたが、アーサーの指示に従い退室した。
控室に一人残ったアーサーは、自席に座るなり深いため息を吐いた。そしてしばらく放心した。
だが十分ほど経つと勢いよく立ち上がり、資料室へと向かった。魔王に関する記録を読むためだ。
魔王はアズール一族にしか倒せない。今まで魔王と戦っていた現在のアズールは姿を現さないし、封印が解かれたと同時に死んだのだろう。現在のアズールに期待しない方がいい。
本当はすぐにでも次のアズールに任せたいところだが、地上にいる彼の準備は整っていない。
国王、大臣、魔術師長が役に立たない今、アーサーだけが頼りの綱だった。
しかし年若いアーサーは、魔王についてよく知らないし、魔王に対する決定権もない。アズールのことを知る四人の中で末席かつ騎士団は無関係であるため、歴代アズールの修行について知らなかったのだ。
もちろん魔王が、騎士団総出でぶつかって倒せる相手ならそれでいい。しかし過去の記録を見る限り、現実的な策ではない。
やはりアズールの力が必要で、しかし自分にはどうにもできない。二百九十年にわたる記録をすべて読んでも、同じ結論に至った。
「もうアレしかないか」
最後の記録に目を通し終えて、アーサーは覚悟を決めた。
アーサーにとって絶望的な状況だが、一つだけアーサーにとって喜ばしいことが、先の会議で決まっていた。それは魔王に関しての全権を任されたこと。国王や重役の承認なしに、アーサーの好きにしていいということだ。国王は、人材や資金の惜しみない援助を約束したつもりだろう。魔王との戦争を想定し、長期戦を覚悟したに違いない。
だがアーサーの考えは違った。魔王の力は圧倒的だ。恐ろしい外見と禍々しいオーラで見落とされがちだが、魔王は強者特有の威圧感を持っている。どんな武器を使ったって勝てないだろう。
そんな相手に貴重な戦力を、ひいては愛する部下の命をかけるのは馬鹿らしい。
そして馬鹿らしいと王族たちに理解させるためにも、アーサーは単身魔王に挑むことを決意したのだ。
国一の英雄があっけなく死んだら、誰でも魔王が圧倒的強者だということを理解するだろう。そして下手に手出ししないはずだ。
あとは国王や大臣が、アズールを訓練するよう魔術師長に命じるだけだ。国王の命令なら、魔術師長も動くだろう。彼らが働きかければ、すべてが上手くいく。アズールを最大限サポートすることで、この国を守ることができるのだ。
そのために、自分は死ななくてはならない。
本音をいうと、アーサー自身、できればこの決断をしたくなかった。しかしこれしか方法がなかった。少しでも後続に希望を持たせないためにも、無様にあっけなく死なねばならない。騎士としての誇りが決意を邪魔しようとしたが、国を守りたいという使命感が勝った。
× × ×
アーサーは速やかに玉座に向かい、国王と大臣に自分の決意を述べた。もちろん、見せしめとして死にに行くなんて言えない。だから前もって考えていたプランを、もっともらしく述べた。
「調べましたところ、魔王の戦闘力についての記載はありません。まずは私が先鋒となって刃を交え、今後の戦略を練りたいと思います」
生きて帰ってくる前提で話をしたため、誰も否定はしなかった。むしろ国一番の英雄対魔王との戦いが観れるとあり、王宮内の誰もが城にある窓という窓に張りついた。今後の戦いに備えるため、騎士は優先してバルコニーを使用できた。
戦の用意として、まずアーサーは仮眠を取った。昨日はろくに寝ていなかったから。
たっぷり眠った後は、双眼鏡で魔王を観察する。無駄死にする気だが、もし勝てるなら勝てた方がいい。魔王の装備や弱点がないか、つぶさに眺めた。
そして武器庫にある一番いい剣と防具を装備し、一番いい雄馬を用意した。無駄にしてしまうとも思ったが、ランクを落とせば「道具が悪かった」と言い訳出来てしまう。だから決して妥協してはいけない。
こうして装備を整えたアーサーは、誰よりも凛々しく美しい騎士になった。その雄々しい姿を誰もが称賛し、彼の勝利を確信した。魔王のせいで城の雰囲気は沈んでいたが、この時ばかりは春が来たかのように誰もが喜びに溢れていた。
城のみんなの歓声を受けながら、アーサーは単身魔王の元へ向かった。
笑顔で手を振り返したが、その笑顔は固かった。当然だ、彼は死にに行くのだから。だが馬上の人であったため、細かい表情を読み取れなかったのだろう。誰もがアーサーの帰還を信じ、今日この日限りで魔王から解放されると信じていた。
魔王までの道中。馬に乗っているせいか、このまま逃げ出せるのではないかと思いが何度も頭をよぎった。
しかし街の出入口である門を塞ぐように魔王が鎮座しているため、希望はすぐに打ち砕かれた。
結局やるしかない。決意したアーサーだが、魔王の目前に来た時には、すでに手綱を握る手は汗でぐっしょりと濡れていた。
相手が誰であれ、戦う前には名乗りをしなくてはならない。このルールは人間だけに適用されるはずなので、魔王相手に名乗る必要はない。だがアーサーはあえて名乗りをした。
理由は二つ。一つめは、王という名称がつく以上、自分より格上になる。だから最低限の礼儀を払う必要があると思ったからだ。後世になって「騎士団長殿は名乗りをしなかった」と記録に残されるのも嫌だ。
二つめは、より無様に殺されるために、手も足も出ずに死んだという事実が欲しかった。つまりは時間稼ぎだ。魔王が卑劣にも、名乗り中に攻撃してくれなければ意味はないが、話の通じない相手なら攻撃してくるだろう。
どちらにせよ、アーサーにとって名乗りをしない理由がなかった。
だから正式な騎士のルールに乗っ取り、名乗りをしようとした瞬間、魔王に攻撃された。
魔王が光線を放った瞬間、アーサーは計画通りだと喜んだ。しかし迫りくる光線の恐ろしさに、意識をすべて持っていかれた。
そしてアーサーは死んだ。彼が計画した通り、手も足も出ず、無様な最期だった。
だが一つだけ、アーサーは計算違いをしていた。アーサーを殺した光線はそのまま街を縦断し、王宮も焼き払ってしまった。魔王が見える位置にいた人物も、あっという間に消し炭にされてしまった。
アズールについて知る人物もすべて死に絶えてしまったのである。