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魔王が居座るせいで始まりの町から出られません  作者: 団 卑弥呼
アーサー外伝 ~アズールの知らない話~
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4、魔王の出現

 試験の様子を見て、偉い人たちはアーサーを責めた。新しい試験制度自体が無茶なだけでなく、採点方法もよくないと厳しく糾弾したのだ。

 だがその年に入団した騎士たちは誰もが優秀で、誉れ高き世代と呼ばれていた。


 結局次の年には旧式の試験制度に戻ったのだが、アズールの再受験がないならどうでもいい。あそこまで気持ちを折ることができたのだから、二度と門戸を叩かないだろう。彼には残酷なことをしたと思うが、これでいい。もし魔王が復活しなかったら、会いに行ってこれまでの事情を伝えよう。そして改めて入団してほしいと伝えるつもりだった。



 それまでの二年でアズールがダメにならないよう、アーサーは前騎士団長であり今は退団した旧友ライオネルに頼んで、街の運送会社に彼を雇ってもらった。


 ライオネルはアーサーの頼みを快諾し、チーフとして直々にアズールを指導した。病気で退団したが、今のライオネルは元気そのもの。騎士団仕込みの苛烈な指導で、ビシバシとアズールを指導した。だから剣には触っていないが、アズールの体はかなり鍛えられ、相当体力もついたという。

 月一で街で飲む時、ライオネルはこっそりとアーサーに経過を報告していた。



「この報告会も今月で終わりか」

 春光祭の一週間前。休暇中のアーサーは、いつものようにライオネルと酒を飲んでいた。うるさいバーの片隅で、声を落として語らう。周囲には聞かせられない話だが、ライオネルは魔王のこともアズールのことも知っている。だから何でも気楽に話せた。


「パレード開始と同時に魔王は消滅するんだよな」

「ああ、俺も前任からそう聞いた」

 ライオネルが答えた。


「今年こそ、本当に勝利のパレードといきたいな」

「もちろんそのつもりだ」

 二人は笑って乾杯した。二人の意見が合った時は乾杯するのが二人のルールだ。


「アイツを手元に置けるのも、あと一週間か」

 ライオネルは寂しそうにグラスを見つめた。

「今では優秀な戦力だからな。いなくなったら困るぜ」


「そうだろうな」

「もし騎士団で使えなかったら、いつでも返品してくれていいんだからな」

「ああ、もちろん。だがいらぬ心配だと思うけどな」


 春光祭が終わったら、今ある日常がガラリと変わる。一方は悲しみ、一方は喜び。しかしお互いに、誰もが幸せな未来が待ち受けていると信じていた。春光祭が始まる前までは。


    ×    ×    ×


 事情を知るすべての者の予想に反し、魔王は復活してしまった。伝聞で見聞きしてはいたものの、その恐ろしい姿に誰もが震えた。冷静沈着と自負するアーサーでさえ、魔王の出現には震えが止まらなかった。


 もしアーサーが普通の騎士だったら、恐怖心を押さえ、誰よりも先に魔王へと斬り込んでいただろう。パレード用とはいえ真剣を持っていたから、戦うことはできた。

 だがアーサーは事情を知っていた。アズールでなければ魔王に太刀打ちできない。


 無駄な死傷者を増やすことになるので、アーサーは即時撤退の号令をかけた。武装した騎士でさえ、我先にと王宮へ逃げ帰った。



 帰還後、魔王との事情を知らない若い騎士から「なぜ逃げたのか」と詰られた。しかしアーサーが「出陣許可ならいつでも出せるぞ」というと、何も言えなくなった。逃げたことを屈辱に思う連中は多かったが、前に進み出る者は一人もいなかった。



 王宮内では、すぐさま魔王への対策会議が開かれた。アズールに関する会議と違い、こちらには各所属の長が集い、大会議室は満員となる。もはやアズールを秘密にすることはないが、話のわからない人ばかりなので、話題に出しづらい雰囲気が漂っていた。


 会議は自然と、王国騎士団に矛先が向かった。敵である以上、戦うのが騎士団の役目というわけだ。


「魔王であれば、管轄は王宮魔術師の出番では? 魔王には物理的な攻撃は効かないといいますし、騎士団では対処できないと判断します」

 確かに、過去の記録に「剣も砲撃も通用しなかった」と記載されている。アーサーの言い分に間違いはなく、どう考えても王国騎士団では勝てないのだ。


 だが、一同は顔をしかめた。アズールのことを知る大臣や国王までもが、渋い顔である。


 魔術師長は面倒くさそうに発言した。

「あなたは私たちを兵器か何かだと勘違いしていませんか」


「どういう意味です?」

 アーサーが尋ねると、魔術師長は深いため息を吐いた。


「我々魔術師は、人々の平和な暮らしを実現するために存在しています。攻撃だのといった非平和的行為を強要するのはやめていただきたい」

「しかし、魔術こそが魔王を倒せる唯一の方法ではないのですか」

 アーサーはじっと魔術師長の目を見た。アーサーは目で訴えた。あなたは知っているはずだと。そしてしかるべき手段を取るべきだと。


 事情を知らない参加者たちはうろたえながら、じっと魔術師長の答えを待った。



 たっぷりと間をおいてから、魔術師長は口を開いた。

「あなたは何か勘違いしている。魔王を倒したのは勇者です。勇者は騎士であるのですから、あなたたちが戦うべきです」


 やられた! アーサーは魔術師長の策略に気づいた。


 一般的に、魔王のことは秘密とされている。しかし同じ悲劇が起こらないよう、民間伝承として魔王とのことが語り継がれることになった。

 最初はそれなりに正確だった内容は時が経つほどに変化し、今では「勇者が特別な剣で魔王を倒した」という仕様に変更されている。悲しいかな、これが真実だと思われてしまったのだ。


 魔王がいない世界での娯楽なら、この内容で問題ない。しかし今、隠された事情を知らない人々にとっては「騎士が魔王を倒して当たり前」と刷り込まれていたのだ。そして魔術師長は民衆の誤認を上手く使い、自分たちへ火の粉が降りかかるのを防いだ。



 魔術師長の発言を受けて、会議の雰囲気がガラッと変わった。魔王討伐への期待が一気にアーサーへ向かったのだ。


 だが、こんなことは甘んじて受け入れられない。どうしたって、騎士は魔王に勝てないのだから。


「あなたは私の兵を無駄死にさせるつもりか!」

 アーサーも激怒した。立ち上がり、バンッと机をたたく。

「それが国を守る者の姿勢ですか!」


 だが魔術師長はちっとも怯まず、飄々と答えた。

「国を守るのは、あなた方の務めです。先も言いましたように、私たちの務めは国を良くすることですから、そこをお間違えなく」



 ああもうダメだ。この人には何を言っても聞かない。アーサーの言葉が届いていないのだ。

 それに大半の参加者が魔術師長の味方になった。この人数を動かすのは簡単ではない。



 逆転できる望みがあるとすれば、国王である。だが国王も、アーサーと目を合わせようとしなかった。


「座れ、騎士団長」

 国王に促され、アーサーは着席した。


「魔王の伝承は、余も知っておる。だがかつての魔王と、今現れた魔王が同じものとどうして言えよう。当時より剣の鍛錬技術も向上したし、今も通用しないとは言えまい」


「しかし!」

 国王に口答えはご法度。しかしアーサーは黙っていられなかった。国王は鋭い視線でアーサーを制した。


「騎士団は何のために存在している。この国に仇なす敵を倒すためだろう」

「……はい」

「だったら役目を全うしろ。お前が騎士ならな」

 アーサーは何も言えなかった。


 アーサーの重苦しい表情とは裏腹に、会議室内は穏やかな空気に変わった。


「それでは、あとは騎士団に一任する。手腕を見せるのだぞ」

 国王が退室したのを機に、一団はぞろぞろと退室した。


    ×    ×    ×


 取り残されたアーサーは石化したように、その場を動けなかった。いっそ石化してくれたらいいのに。しかしその願いは叶わず、アーサーはテーブルの上に置いた握り拳を眺めるしかなかった。

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