3、いざ試験
王宮の前庭に、騎士志望者たちが集まっている。だいたい百余名。国内の新成人だけでなく、浪人生や国外の傭兵くずれなども含まれる。まあ、例年と同じくらいの人数だった。
ただ、例年と違うのは、アーサーが全員と刃を合わせることだ。
試験内容には、約五分の模擬戦闘が含まれる。例年であれば受験者同士を戦わせて、勝った者と現役騎士団が手合わせする。その様子を騎士団の小隊長たちやアーサーが見守り、勝敗に関係なく合否を判断していた。
しかし今年はアズールと戦うためだけに、騎士団長本人が全員と模擬戦闘をするよう試験制度を変えてしまった。つまりアーサーは今から約百人の受験生と戦わなければならないのだ。
受験者は戸惑っていたが、実はアーサーも戸惑っていた。やはり大人数を前にすると、緊張具合が違う。しかしここまできて引くことはできない。せめて動揺がバレないよう、アーサーは涼しい顔を装った。
試験の流れはこうだ。まずは例年通りに受験生同士で模擬戦闘をして、小隊長たちが戦闘記録を付ける。
その記録をもとに、騎士団長が受験生全員との実技試験を行う。
五分の模擬戦闘を終えた後に簡単な問診をして、総合的に合否を判断する。
これまではよほどの不正がない限り、受験生同士の模擬戦闘で負けた者は落選していた。しかし今回は騎士団長戦での復活もあり得る。チャンスが増えたと喜ばしい反面、勝っても将来性がなければ落選するシビアな評価制度だった。
従来の方法なら、アズールは絶対に合格してしまう。再受験されないように、ここでコテンパンに負かすしかないのだ。無謀にも見える試験内容だが、アーサーが考えあぐねた末に出した最良の方法だった。
模擬戦闘を終えた順に、アーサー戦が始まる。これもアズールがすぐに勝つのを想定してのこと。アズールが疲れた時に、アーサーは体力が残っているうちに戦うことができるからだ。
案の定、アズールはすぐさま勝ち上がった。一番目に勝ったが、記録係が遅れたせいで三番目の挑戦者としてアーサーの前に立った。これもアーサーの追い風となった。
一人目の挑戦者はハインツという新成人で、アズールと同じくらい優れた人材だった。「主席合格」の称号を与えるのにちょうどいい。
もしアズールが主席で落選、ハインツが二番手で合格だとした場合、受験生たちから不満の声が上がるだろう。もちろんハインツが悪いというわけではない。体格は新成人の中でもトップクラスだし、体力もある。ただ剣術だけでいうと、アズールの方が圧倒的に優れていた。自然な落選に見せるためにも、一番にハインツが上がってきたことは救いとなった。
前庭の中央、もっとも注目されやすい演習場で、アーサーとハインツは戦闘を開始した。
「よろしくお願いしますぅ」
「ああ、よろしく」
お互いに一礼し、両者が動く。さすが目を付けていたハインツ、速い上に一撃が重い。パワーがあるのが彼の特徴だった。
だがアーサーの敵ではない。軽くあしらっているうちに、五分が経過した。
試合後、ハインツには当たり障りのない質問をして、明日から訓練に参加するよう伝えた。文句なしの主席合格だった。
合格者の誕生に、その場にいた全員の士気が上がった。戦闘中の者はよそ見できないが、明らかに他の受験生たちの目の色が変わっている。どのように試験が行われるかを見たことで、合格イメージが付いたのだろう。士気が上がるのは、とてもいいことである。
ハインツに負けた受験生との試合も軽くこなして、いよいよ本命。演習場にアズールが現れた。その目は眩しいほどに輝いている。親友が合格したので、自分も合格できると思ったのだろう。
もしアーサー以外が試験担当なら、その夢は実現していた。しかし残念なことに、対戦相手はアーサー。アーサーの思惑を覆すほどの事態が起きない限り、アズールの落選は確定していた。
しかし誰もそんな思惑を知らない。アズールでさえも。だからアーサーの目が本気になったことに、誰も気づかなかった。
「アズールというのか」
戦闘前に、アーサーは言った。
「話は聞いてるよ。とても優秀なんだってね」
「ありがとうございます!」
照れながらも、アズールは嬉しそうに応えた。
「ぜひ君の本気が見たい。僕も本気で挑んでいいかい?」
「よろしくお願いします!」
アーサーの意図など知らず、アズールは快諾した。むしろ憧れの騎士団長が自分のことを認知し、褒め、そして手加減してくれないことを嬉しく思ったのだ。もちろん、相手が全力で自分を潰しにくるとは思いもよらずに。
お互いに一礼し、模擬戦闘が始まった。
先ほどのハインツ戦とは打って変わり、アーサーはガンガンに攻めた。怒涛の攻撃に、試合を見た誰もが面食らった。歴戦のアーサーを見ていた旧友でさえ、あそこまで本気のアーサーを見たことがないと後に語ったほどだ。
鬼気迫る様は、バルコニーで試験を見ていた国王と大臣を絶句させた。試験後に若造相手にあそこまでするなんてと、アーサーを非難したくらいだ。
だが予想外の事態がアーサーを襲った。アズールが必死で食らいついてくるのだ。
カウンターもなんのその。こちらの隙をついては、すぐに反撃に転じる。そのタイミングと咄嗟の判断。まさにセンスがあるとしかいいようがない。歴戦でセンスを磨いたアーサーだからこそ、アズールの才能に驚いた。
だが、アズールはまだ若い。
成長しきっていない体を十分に使いこなせず、せっかくの技も威力がない。何度も惜しいと思う場面があった。それに体格では成人に敵うわけもなく、力で押せばアズールはどうにもできない。
目算で距離が計れていないせいで、アズールの命中率はよくない。当たらないということは、決定力不足ということ。戦闘では負けないことも大事だが、勝てないのも重大な欠点となる。
お互いに一歩も引かぬ戦いだったが、後半でようやくアズールが隙を見せた。苛烈な攻撃に疲れ、一瞬の不意が生まれたのだ。
アーサーはそのチャンスを見逃さなかった。
アズールの左に回り、素早い攻撃を繰り出したのである。
防御が間に合わないアズール。剣先を首筋に感じ、その場で崩れ落ちた。
先ほどまで剣戟でうるさかった会場が、水を打ったように静まり返った。
「……降参です」
アズールは弱々しい声で告げた。
自らの負けを認めるのは、騎士としてつらいこと。それを新成人で認めるのは、人間的にも優れているといえよう。力量だけでなく、精神の高邁さにもアーサーは感激した。
だがその気持ちを表に出してはならない。厳しい顔は崩さなかった。
アーサーは剣を収めると、アズールに手を差し伸べた。立ち上がらせ、怪我がないか確認。無事だとわかってから、問診を始めた。
「悪かったな」
「いえ、自分の力不足です」
アズールの声は泣きそうだった。戦闘の緊張感から放たれ、一気に気が緩んだのだろう。それともアーサーに気圧されて恐怖したのか。いずれも負けて悔しがるような類ではなく、根本から気持ちが折れたという面持ちだった。
「君は素晴らしい騎士だ。誰よりも強い。ぜひ我々の仲間に加わってほしいと願っている」
アズールは驚いたようにアーサーの顔を見た。
「だが君の目は、いつか弱点になる。わかるね?」
「はい」
「貴重な君の命を、つまらないことで散らせたくない。だから……」
最後の最後で、どう切り出そうか。ひと思案しているうちに、アズールが口を開いた。
「辞退します。あなたのご迷惑になりたくないですから」
「ありがとう」
アズールの頭をポンと撫で、アーサーは演習場から出た。水を飲んでから、流れる汗をタオルで拭いた。手のひらは異様なほど汗ばんでいる。本当は背中も汗でびっしょりだ。今も一筋の汗がツーッと背中をなぞり、寒気にも似た身震いに襲われた。
アーサーが身支度を整えて演習場に戻ると、アズールの姿はなかった。
次の受験者の用紙を見るふりをして、アズールの結果を見た。大きく書かれたバツ印を見て、アーサーは大きなため息を吐いた。ようやく重荷から解放されたような、そんな清々しさを覚えた。