1、王国騎士団長の悩み
若き王国騎士団長のアーサーは頭を抱えた。新年度の入団希望者リストに、あってはならない名前があったからだ。
アーサーは何度もリストを見た。リストを持ってきた部下に、間違いがないか確認もした。本人直筆の入団申請書類を目視して、ようやく現実だと思い知らされた。
アズール。来年成人となる、どこにでもいる普通の若い男子だ。成績優秀で、剣術も学年一だという。非常に有望な人材だ。しかし、この国でアズールという名前は非常に大きな意味を持つ。
部下は奇異な目で、リストに懊悩するアーサーを見ていた。それも当然だ、アズールのことは国の重鎮しか知らないのだから。騎士団の中では、アーサーしかこの事実を知らない。
アーサーは羊皮紙を三枚引っ張り出すと、ささっとペンを走らせた。
「この手紙を至急届けてくれ」
封をしてから自身の署名を書くと、アーサーは大きくAの文字を書いた。Aの字は、何よりも目立っていた。
× × ×
その日の夜、王宮の外れにある塔の最上階で、秘密の会議が催された。
参加者は王国騎士団長のアーサー、最年長の王宮魔術師長、執務の最上位である大臣、そして国事の最終決定を行う国王の四名だ。いずれも「アズール」について知る、限られた人物である。
「まずはこちらのリストをご覧ください」
お互いのご機嫌伺いを省き、アーサーが入団希望者リストを見せた。最初は怪訝そうな三人だったが、アズールの名を見た途端、ギョッと目を見開いた。
「人事に周知徹底していなかったのですか」
アーサーは責めるように、大臣に尋ねた。王宮での勤務希望者は、まず王宮の人事担当者が申請書を受け付ける。その人事を管理しているのは、大臣だった。
「今のアズールが着任してから、息子は監視対象から外れたと聞いておるが」
大臣は魔術師長をちらりと見た。
「私もそのように認識しております」
魔術師長は分厚い議事録を取り出した。歴代アズールについてのことが詳細に書かれた資料だ。
「ほら、ここ。翌年度から監視対象を外すとあります」
「では、人事に問題はないな」
自分の責任ではないと確信した大臣は、ふんっと鼻息を荒くした。
「しかし本人は騎士になりたいと申しております。これは問題では?」
「いえ、何もないように思いますが?」と魔術師長。
「戦死でもしたらどうします。アズールだからとて、団内で特別扱いできませんよ」
「そこはあなたの采配次第でしょう」
魔術師長は笑った。他の二人も笑っていた。
アーサーは語気を強めた。
「とんでもない! 不平等に扱えば士気を乱します。それに訓練で、誤って死んだらどうしますか」
「しかし今のアズールで、魔王からは解放されるのだろう。次のアズールは好きに生きてほしいというのが、今のアズールの望みでは?」
大臣がいうと、魔術師長が嬉しそうに議事録を見せた。
「ほら、ここにもあります。『あと十年で魔王が完全消滅する』『二十二世の意志を尊重したいため、特別な支援は不要とする』私も当時の会議に参加していましたので、直接彼の意見は聞いておりますぞ」
「うむ、わしも聞いた」国王が静かに頷いた。
「しかし、もし魔王が消滅しなかったらどうします?」
「その時は今のアズールが何とかするだろう。まだ寿命は残っているはずだ」
「もし魔王に殺されたら?」
「その時は君の役目だ」
国王は冷たい声でアーサーに言い放った。
「何のために騎士団に巨額の費用を投じている。こんな時に活躍してこその王国騎士団だろう」
アーサーは何も言えなくなった。
「それに次のアズールは訓練を受けていない。いざとなれば、父たちのように戦えないだろう」
「いっそ騎士団として命を散らせた方が、よほど有意義かもしれませんな!」
大臣がガハハと下品に笑った。
アーサーは他人には見えないよう、ギュッと服を掴んだ。
「魔術師長、ここはあなたの管轄かと思います」
アーサーに指名された魔術師長は、歯切れ悪く答えた。
「アーサー、君の負けだよ。次のアズールは魔力が相当低いというじゃないか。騎士としては今の学年一位で、本人も希望しているなら、その才能を伸ばしてあげようじゃないか」
ああ、もうダメだ。アーサーは確信した。この三人は国のことを憂いているようで、その実自分のことしか考えていない。
初代アズールとの盟約を守れば、莫大な金を子孫に支払わなければならない。しかし今のアズールが拒んだことで、莫大な金が浮いた。その金を再度支払わないためにも、この三人はアーサーの申し出に同意することはないのだろう。
なんて危機管理意識が低いんだ。しかし、それも無理な話といえよう。この三人は命が脅かされた経験がない。実戦訓練とはいえ、真剣を突き付けられた人間は、命が脅かされる恐怖を知っている。騎士なら当然のことだが、立派な王宮の建物内でふんぞり返っている者たちには生涯知りえないのだろう。
今この場で、真剣に国の未来を心配しているのは、アーサーしかいないのだ。
「わかりました。私の方でなんとかします」
「ああ、そうしてくれ」
「その代わり、すべて私に一任いただいてもよろしいでしょうか」
「好きにせい」
国王が答えたので、他の二人からも異議が出ず、そのまま会議が終わった。今日の一部始終は、アズールに関する議事録にしっかりと記録された。