第十二章③ 最期の家族タイム
難しい用意は要らないらしく、やろうと思えばすぐに儀式はできるらしい。
「最後に、伝言を頼まれてくれないか」
魔力を使ってペンを動かし、自分で伝言を書くこともできるが、俺はあえてジュニアにお願いした。
なぜって、ジュニアを死なせないため。ないと信じているが、役目を終えた後に絶望して自殺しないとも限らない。
だからジュニアを家に帰す口実として、あえて伝言を頼んだんだ。しかしまあ、ジュニア自身も当面は家に帰れないだろう。手紙にされたら意味ないんだけど、そこは仕方ない。
だから急いで伝える必要はないけどと前置きした上で、俺は頼んだ。
ジュニアは快諾し、ペンとメモを用意した。そしてどうぞと俺に告げた。俺はなるべくゆっくりと話し始めた。
「まず母さんに『愛してる』と。そして『すまなかった』とも伝えてくれ。『いい人がいたら、遠慮なく再婚してほしい』とも。そしてアーサーニュの祖母ちゃんには『無事役目を果たした』と伝えてくれ。きっとわかってくれる」
俺の母さんは、父さんや歴代の戦いのことを知っている。詳しいことはわからなくても、俺の気持ちは汲んでくれるはずだ。
ペンが走る、小気味よい音がする。ジュニアが一生懸命に書いているのがわかった。
書く音が止まってから、俺は続けた。
「アーサーには、俺の事業の全権を託す。ああ、世間的には俺は事故死ってことにしてくれ。じゃないと委任状が必要になるからな。そうだ、帰りの山道で滑落して、助からないほどの重傷を負ったといってくれ。で、同行していたお前がかろうじて遺言を聞けたってことで。うん、これなら問題ないな」
ジュニアには、俺が死んだ設定もしっかりとメモさせた。
「ロベルトには、俺の剣を渡してくれ。俺の父さんの形見なんだ。アイツが一番上手く使えるだろう。あと、ロベルトに『お前なら英雄になれる』ってな。ミーナには『何もできなくてごめん』と。成人するまで見守ってやりたかったが、せめて不自由なく好きなことができるよう、最大限の支援をしてやってくれ」
多分アーサーが支援することになるだろうから、アーサーへの伝言としても追記させた。
「あとルルに『看取れなくてすまない』と。『でも俺が先だったな』って伝えてくれ。きっとアイツ悔しがるぞ! そしたら『お前は観念して長生きしろ』で追い打ちしてくれ」
ルルの反応を想像して、俺は笑ってしまった。
その間に書き終えたのだろう、ペンの音が止まった。これで全部だと言おうとしたら、先にジュニアが言葉を発した。
「僕には?」
「お前には……」
急に言葉に詰まる。
言いたいこと、本当はたくさんあるんだよ。これまではお前を理解できなくて、どこかすれ違っていた。でも今は同じ目線で話ができるし、父さんたちの地下墓地に連れていきたかった。ケンジャを紹介して、先代たち一人一人についても語りたかった。
俺の長子として、色んなことを伝えたかったよ。これからを見守りたかったよ。
でも、それを言ったらお前は躊躇うだろう。負の感情に包まれるだろう。だから言えないんだ。見守れなくてごめんなとか、助けてやれなくてごめんなとか。
それによく考えたら、アーサーには事業を。ロベルトには剣を。ミーナには間接的にだが支援を遺せたが、ジュニアには何も遺せないんだよな。
ジュニアのためになるもので、かつ彼に役立つものを、俺は何も持ってないんだ。
唯一ジュニアに遺せるのが心の傷とは。ジュニアは一番頑張ってくれたし、これからも頼りにしているのに。それがなんとも心苦しかった。
「ん」
考え抜いた末、俺はジュニアに向かって両手を広げた。
察したジュニアは俺の腕の中に飛び込んできた。
俺はジュニアをしっかりと抱き返した。
ああ、本当に大きくなったな。
本当に立派になったな。その想いが、そのまま言葉になった。
「お前は自慢の息子だ。世界中に自慢したいくらいだよ」
俺の胸の中でジュニアの嗚咽があがった。背中をポンポンと叩いた。
ああ、この時が永遠に止まればいいのに。俺はジュニアが泣き止むまで、ジュニアの温もりを噛みしめていた。