第四章③ 俺がルルを無下にできない理由
何かと思い見上げると、牛よりも大きな鳥が迫っていた。
なぜ接近に気づかなかったかというと、その怪鳥は「隠密鳥」と呼ばれる獰猛なハンターで、飛ぶ時に限りなく音が出ないらしい。普段は上空で牛を品定めし、狙いをつけるとサッと降りて掴みかかるそうだ。
魔獣が人里に現れることは滅多にない。だが唯一現れる例外魔獣が怪鳥だ。
翼を持つがゆえに、市街地にも現れることがある。しかし怪鳥も警戒しているので、よほどのことがない限り、人を襲うことはない。
そんな怪鳥が目の前まで迫っていた。滅多なことが起こったのだ。疲労と恐怖で、俺たちは動けなかった。ただ恐ろしいかぎ爪が自身に向かっているのが見えた。
──あ、ダメだ。
そう思った瞬間、ズシンと体が重くなった。
かぎ爪の接近が遅く見える。なんというか、そこだけ重力が強くなったような印象だ。
肺が狭くなったのか、空気が思うように吸えなかったのを覚えている。
だがそう感じたのもほんの一瞬。重いと思った直後に重みは消え、体も元のように動いた。呼吸もスムーズにできた。
重みが解けた直後に、怪鳥は空へ舞い戻った。まるで天敵を見つけて怯え逃げるように。
残された俺たちはその場にへたり込んで泣いた。その声が届いたのか、少し経って大人たちがやってきて、俺らを保護した。
怪鳥の出現に引率騎士は警戒していたが、怪鳥は戻ってこなかった。以来その牧場に、二度と怪鳥が現れなくなったという。
怪鳥の恐怖にばかり目が向き、何が起こったのか考える者はいなかった。
怪鳥には知能があるので、遊びとして襲ってきたのだろうと誰もが結論付けた。
だが俺はルルのおかげだと思っている。
なぜならルル一人が泣かなかったからだ。俺たちと離れていたから、標的にされていなかったのはわかる。だが子供なら、巨大な鳥の出現に誰もが驚くものだ。まして接近してくるのだから、怖くないわけがない。
だがルルは表情一つ変えていなかった。俺はそんな様子のルルに気づき、抱きついた先生越しにルルを観察した。するとルルは無表情でピースを向けた。何を考えているかわからない奴だが、何を言いたいのかはすぐにわかった。
だから俺は今でもルルを邪険にできずにいたのだ。
大人になった今ならわかるが、あんなことができるほどの魔導士はそうそういない。
本来魔力は誰にでもあるらしいが、俺らの世界では「一種の才能」として扱われている。目がいいとか耳がいいの一種に「魔力が高い」は位置づけされ、魔力が低い人にはまったく理解できない世界でもある。
ただ多少は感じることができるから、高い魔力を感じると誰もが反応できるというわけだ。
俺の魔力は高くない。母さんの魔力は高いから、俺は平均やや上くらいだろうか。
そんな俺ですら魔力は感じる程度だし、一切使えない。だがルルの魔力は誰もが感じられた。
ほぼ魔力がないハインツだって、あの時は体に重みを感じたと言っていた。
さらに力で優劣を決める怪鳥でさえ、一瞬の魔力で逃げ出すほどである。魔力が高めのヨークは震えて声が出せなくなっていた。
それほどにルルの魔力は稀有なものなのだ。ただ本人は大したことないような顔をしているが。
そんなルルが「賢者」と呼ぶ人に、これから会いに行く。いったいどんな人だろうか。