第十一章① 長すぎる一日の果てに
気が付くと、ジュニアのすすり泣く声がする。
「ジュニア?」
俺が声をかけると、ジュニアは俺に突っ伏してさらに泣いた。
どうやら俺はベッドに寝かされているようだ。全身がだるくて動けない。目すら開けられない。
ああ、この感じは体中の魔力を吸われたんだろう。そして、生命の危機一歩手前で解放されたに違いない。今俺の体内に、俺以外の魔力──多分、精霊たちが与えてくれた魔力──が循環しているのがわかった。
起きてから気づいたが、俺は視力を失ったらしい。両目ともだ。嘘みたいだけど最初俺は気づいてなくて、そうだと知った瞬間、俺は驚いた。なぜなら、予想もしなかった世界が見えていたからだ。
視力がないと、目をつぶった時のように暗闇しか見えないと思うかもしれない。しかし実際は違った。カラフルな世界が俺の前に広がっていたのだ。
確かに光や視覚情報は感じないが、魔力を感じることはできる。今までは生物からしか発せられないと思っていたが、あらゆるものから魔力を感じた。無機物だけでなく、魔力は万物すべてから発せられるらしい。いや、そもそも魔力とは別種のエネルギーかもしれない。
とにかく万物から色彩豊かなモヤが発せられ、ぼんやりと輪郭を作る。だからどこに何があるのか、手に取るようにわかった。だからジュニアが泣いているのもわかったし、俺が民宿のベッドで寝ているのもわかった。
俺は魔王の中に入った時の感覚を思い出した。ちょっと違うけど、あんな感じだった。
俺が失明したことを、ジュニアは知っていたようだ。俺は自分の顔を見れないけど、両目が包帯を覆われていたから。
ジュニアは自分の存在を知らしめるかのように、俺の手を取って自分の頬に当てた。
「父さん、痛くない? 苦しくない?」
「ああ、大丈夫だよ」
俺は反対の手で、ジュニアの頭を撫でようとした。ジュニアの頭は俺の腹の上にあるのに、なかなか場所が掴めず、何度も手が空を撫でた。モヤだから、正確な場所まではわからないのだ。
その様子に、ジュニアのモヤはまた一段と深い悲しみの色に染まった。
「本当にごめんなさい。僕があの時休んだから……」
「ジュニアのせいじゃないだろ。気にするな」
「でも……」
ジュニアは一向に泣き止みそうにない。どうしたものか。色んな事態が起こりすぎて、今にもパンクしそうなのに!
「なあ、水をくれないか。あと何か簡単に食べれるもの」
「ちょっと待ってて」
ジュニアは部屋を出た。パタンとドアが閉まると、室内に静寂が訪れる。その途端、一気に悲しみがこみ上げてきた。
もう何も見えない!
片目だけでもつらかったのに、今度は両目を完全に失うなんて!
泣きたいのに涙が流れない。もう体内に「目」という存在がなくなってしまったのだろうか。涙腺は痛いくらいなのに、涙は一滴も流れない。その事実が悲しくて、また泣きたい気持ちがあふれてくる。
涙にならない思いが声になった。嗚咽が止められない。ジュニアが聞いたら悲しむとわかっているのに、声を押し殺せない。
俺はワーワー泣いた。扉の外にジュニアの気配を感じたが、それでも止められなかった。ジュニアがそっと引き返したので、俺はまた泣いた。泣いて泣いて泣いた。それでも涙は一滴も出なかった。
次第に喉が枯れて、声が出せなくなった。俺はぐったりとベッドに身体を預けた。
もう一切の気力が出ない。こんなことしている場合じゃないのに。
サザムのことを聞かなきゃならないのに。
それでも身体が動かないんだ。
上半身を起こすだけで、こんなに体力を消耗するとは思わなかったよ。
俺が静まったのを確認して、ジュニアが戻ってきた。俺は何も言わなかった。まあ、喉が潰れて声が出なかったんだけど。
ジュニアは俺が寝たと判断したんだろう。そっとベッドサイドに水と粥を置き、静かに退室した。今一人になれるのは、何よりも嬉しかった。
泣き疲れた俺は、そのまま眠りに落ちた。そしてまた目覚めた時は、朝になっていた。悪夢のような長い一日は過ぎ去ったのだ。