第十章① 初めて父に撫でられた日
どこからか声がする。
スンスンとすすり泣く声だ。
いったい誰が泣いているのだろう。
なんとなくジュニアじゃないかと思った。
今この空間には何もない。暗いような、明るいような。不思議な場所だ。
ああ、夢なんだろう。
俺はすぐさま理解した。声のする方にいけば、ジュニアに会えるかもしれない。
そう思った途端、泣き声が消えた。
静寂が訪れ、俺は何をしたらいいのかわからなくなった。
なんか呼ばれた気がして、俺は振り返った。すると父さんが立っていた。
父さん!
以前会った、あの時と同じ姿。そして俺も、あの時と同じ十四歳当時の姿に戻っていた。
父さんは優しく微笑んで、両手を広げてくれた。俺はその腕の中に飛び込み、子供のように抱きついた。父さんは少しふらついたけど、俺をがっちり抱きとめてくれた。
「父さん、会いたかった!」
厚い胸板に顔を沈めた。ああ、父さんってこんな匂いなんだ。今は覚えてないけどさ、父さんの匂いと温もりを感じて、とても落ち着いたよ。
父さんは優しく俺の頭を撫でた。少し荒っぽい撫で方で、ああこの人は本当に子供を撫でた経験がないんだなと思った。これだと痛がって子供が逃げてしまう。ま、それでも俺は撫でられて嬉しかったけど。
「父さん、どうしてこんなところにいるの?」
父さんは曖昧に笑った。
『なあ、今はつらくないか?』
「別に。大丈夫だよ」
『そうか。ならいいんだけど』
父さんはさらに俺の頭を撫でた。
『お前には面倒をかけるな』
「全然! 父さんだって大変だったでしょ」
『お前は立派だよ。本当に』
父さんの目に涙が光った。
俺が気づいたことに気づいたのか、父さんはさっと目元を拭った。
『ごめんな、力になってやれなくて』
「いいんだ。父さんたちには色々教えてもらったよ」
『もしもな。お前が無理だと思ったら、逃げていいんだからな』
「なんで?」
『魔王とのことは、お前の代で終わった。これから起こることに責任を感じなくていいし、無理しなくていいんだよ』
「別にそのつもりだけど?」
子供みたいに、俺は頬を膨らませて見せた。
父さんは笑う余裕もないようだ。
『父さんは心配なんだ。お前は責任感が強いから。自分がしなくていいことだって背負いこんでしまいそうでね』
「俺は俺がやりたいことをやってるよ!」
『それなら安心した。何をしてもいいけど、無理しないようにな』
「うん」
俺が力強く答えると、父さんはようやく心からの笑顔を浮かべた。
と思ったら、父さんの身体はスッと引き剥がされ、後方へ遠ざかっていく。
『どの道を選んでも、父さんは応援してるから。もちろん先祖のみんなも』
気が付くと、父さんの背後には先代たちがズラリと並んでいた。その誰もが父さんのような、穏やかな笑みを浮かべている。
『頑張れ』
『頑張れ』
先代たちの一言一言が脳内に響く。応援してるのに悲しい響き。
俺は父さんを追って駆け出した。でも父さんも先代たちも遠ざかっていく。一歩も近づけない。それでも俺は走った。
ああ、俺はもう二度と先代たちに会えないんだな。
必死に追いかけながら、頭の片隅でそう確信した。
先代たちは光の中へ消えていく。その後を追って、俺も光の中に飛び込んだ──