第九章④ 本当は知りたくないあの日の真実
「守り神に質問なんだが、今いる民は大事にしないのか?」
「ああ。アイツらね。あれも駒だよ。怨念を吸うための駒。今いる国民は全部奴隷だから、守ってやる神などいない。攫う時に繋がりも断ち切ったしね。ここは神に見放された国なんだ。だから守り神の良心に訴えても無駄だよ」
サザムが奴隷商人の手伝いをしていたのはこのためか!
サザムのご指摘通り、守り神の良心に訴えるつもりだったが、思わぬ答えを得て、妙に納得してしまった。三百年でよくここまで人が戻り、復興したと思っていた。しかしすべて奴隷なら話は別だ。しかも長くこの国を見ていた守り神がついている。自分たちにとって都合がいい国作りは容易に進められただろう。だからこの国の人々には笑顔がないし、重苦しい雰囲気をまとっている。サザムたちの思惑通りの国に仕上がっていたのだ。
「じゃあ今度は俺からの質問な」とサザム。「なぜ俺は今、こんな話をしたのでしょーか」
わかるわけないだろ! と叫びたかったが、グッとこらえる。
きっとサザムのことだ、何か悪趣味な理由があるに違いない。すごく馬鹿馬鹿しいのに、癇に障る。そんな答えだろう。
真面目に考えようと思った瞬間、サザムが時間切れと告げた。
「正解は、これから話すことに信憑性を持ってもらうためさ。きっとアズール君が一番知りたいことだけど、もっとも信じたくないことだからね」
そう言われても、俺にはサッパリ。守り神の居場所もサザムの目的も知れたので、これ以上は何も求めていなかった。
「魔王の消滅を邪魔しちゃってごめんね☆」
「?」
「俺が妨害しちゃったから☆」
「!」
「アズール君の国では英雄っていうの? その人の術式は完璧だったよ。俺でも解除できなかったしね。十五年前のあの日に、魔王は確実に消滅する予定だった。でもさ、結局あの人たちがやってたのって、二百九十年かけて魔王の力を徐々に削ることなんだよね。だから俺が魔王に力を与えた。気づかなかったでしょ。だって君たちには干渉しないよう注意したからさ」
「……お前、自分が何したかわかってるのか?」
「もちろん! だって魔王には頑張ってもらわなきゃ困るもん☆」
サザムは最近身近に起こった笑い話でもするように、さも楽しそうに話した。だが俺は途中から話が入ってこない。
え、先代の術式は完璧だった?
先代たちも自分の役目を不足なく全うしてた?
そして十五年前の春光祭で、魔王は消える予定だった?
本当なら上手くいって、あの日父さんは生きて帰ってきたんだ。そして俺と初対面を果たして、泣いて抱き合う予定だったんだ。
父さんは俺とやりたいことがあったし、俺も父さんとやりたいことがあった。一緒に出かけて様々な体験をしたり、会えなかった十四年分の思い出を取り戻す予定だった。
俺の奥さんにも会わせたかったし、子供たちだって抱かせてあげたかった。父さんの長寿を祝いたかったし、ルルを看取る話を父さんと一緒にしたかった。
そんな世界が、本当だったら得られていた。
しかし奪われた。
何に?
今目の前にいる、サザムに──
「正直、君は魔王に勝てないと思っていたよ。あの時は大誤算だったけど、今となっては大正解だったね。僕に最高の駒を用意してくれたんだから」
サザムはこれまでで一番愉快そうだった。その笑顔の憎らしいこと、憎らしいこと。
「君の息子、本当にいいよねぇ。若いし美しいし力もある。本当は君を家族もろとも皆殺しにしようと思ってたけど、あんな身体が欲しかったんだ!」
俺は立ち上がり、サザムを殴った。いい音がした。歯が折れたかもしれない。しかしサザムはなおも笑顔だった。
「その顔が見たかった!」
俺はもう、頭が真っ白になった。サザムを殴って殴って、殴りまくった。返り血か涙か、熱い汁が俺の頬を濡らす。それでも俺は、無抵抗な奴を殴るのをやめられなかった。
気が付くと、サザムはぐったりとしていた。俺は椅子に座り、荒げた息を整えた。不意に虚しさが襲ってくる。サザムを殴ったって、何も解決しないのに。
すると、俺の心を読んだようにサザムがいきなり笑い出した。てっきり失神していると思ったから、俺の身体はビクッと跳ねた。
「ハハハハハ、いいねぇ、その後悔! その憎悪! とっても甘美だ。その調子で頼むよ」
俺は恐ろしかった。目の前のサザムという存在が、本気で理解できない。
「でもさ、もっとだ。もっとくれ。もっともっとモットモット──」
サザムは壊れたように繰り返す。ゾッとした。まさに化け物だ。どんなに魔力を使ったとしても逃げなきゃいけない。
俺が立ち上がると、サザムの全身から怨念が発せられた。ものすごい力だ! あっけにとられた瞬間、怨念が俺を襲ってきた。そして俺は気を失った。