第九章③ サザムの狂気
語り終えて、サザムは少し落ち着いたようだ。そこで俺は気になることを切り出した。
「お前が、その生き残りだというのか?」
「ずいぶん鈍いんだね。今の話を聞いてたら、わかるもんだろ」
「いや、不可能だろ。生きてるわけがない!」
サザムの様子から、サザムが当事者だというのは疑いようもない。
だが年齢的に考えておかしい。奴の言うことが本当なら、サザムは三百年以上生きていることになる。
「それが不可能じゃないんだな」
突如サザムが服を脱ぎ始めた。上半身裸になって、俺は知った。奴の首から下は機械だった。
「見たことあるだろ。君たちの学園長と同じだよ。前に君に会った時は、必要な部品を盗みにポートに行ったんだけどね。なんか南の島で実験できそうだから、調査団に応募したんだ」
なるほど、合点がいった。学園長ができるなら、サザムにできて当然だ。
だが学園長の身体は公然の秘密で、魔法道具で延命しているのは知っていたが、どういう仕組みになっているか、どんな術を使っているかは不明だった。術を知るのは、術を生み出した学園長しかいない。だからポートといえど、魔法道具で延命している人は学園長以外にはいなかった。
「それでも……」と、口をついて言葉が出た。「計算が合わないだろ。学園長が生まれる前にお前は死んでるはずだ」
学園長は百二十五歳。延命術は学園長が生み出したもので、少なくとも学園長が生まれる約二百年に延命術は存在していなかった。どんなに健康な人間だって秘術なしで約二百年生きるのは無理な話だ。
最初サザムは俺が言わんとすることが理解できなかったようで、ポカンとしていた。そして指折り数え、ああと納得した。そして笑った。
「そこまで思いつかなかった! アズール君は学園長を愛してるんだな。じゃなきゃ、そんなに知りっこない」
「誤魔化すな。他にも何か裏があるんだろ」
サザムはヘラヘラしていたが、観念したように服を着だした。
「あーあ、面白くない。まあ、いいんだけどね。これも言うつもりだったし」
サザムは服を着終えると、座り直した。
「この国の守り神ってさ。三百年前に君たちの国に連行されて、一緒についていったのは知ってる?」
守り神は国民と共にある。過去にケンジャから同じ話を聞いたので、俺は黙って頷いた。
「ということはさ。俺がこの国にいれば、守り神の一部も一緒にここに残ると思わない?」
全身から血の気が引いた。なんだか嫌な予感がする。
俺は聞かなければならないと思いながらも、続きを聞くのが嫌だった。
「あ、察しのいいアズール君ならわかったね。でもせっかくだから答え合わせしようじゃないか。大事なことだしね。そう、守り神はこの国にいたんだよ。子供一人分の、ひ弱な守り神だけど。おっと。分裂したのか新しい守り神なのかは聞かないでくれ。俺もよくわかってないから。ただ一つわかったのは、この守り神は俺にとって好意的だってこと。そして俺と同じ願いを抱いていたってことだ」
サザムは急に真顔になり、声色を落とした。
「お前らを殺すってな」
言うなりサザムはまた、元のヘラヘラした調子に戻った。
どっと汗が噴き出た。寒いのに脂汗が止まらない。この場にいるのも苦痛だが、身体がまったく動かせない。
サザムが気に入らない行動をしようものなら、今すぐにでも殺されると思った。それくらいサザムは強い恨みを抱えていて、世の中すべてを嫌悪しているようだった。
「祭壇も焼かれちまったし、守り神の居場所として、俺は身体を貸してやったんだ。一緒にいた方が便利だしな。そしたらいつの間にか、俺自身と守り神が一つになっちまった。そうしたら便利だよ。俺だけのための守り神だから、国外へ自由に出られるし、何しても死なないし。まあ、肉体の衰えだけはどうにもできなかったから取り替える必要があるけどな。だからこの身体は五代目。学園長から秘術を盗んでからは、気に入った身体を使いまわしてるけど。でも誰かさんが過去に術式にイタズラ書きしてくれたもんだから、首から下を総入れ替えすることになったよ。あの時は痛かったなぁ」
そう言えば、先ほど見たサザムの上半身に術式がなかった。過去にドルドネで見た時は、服の下びっしりに術式が書いてあったのに。今では傷一つない綺麗な肌だった。
今目の前にいるのは、人間ではない。化け物だ。いや、守り神と一体化したというなら、神になるのか。
とにかく俺の手に負える存在じゃない。滝のように流れた汗はスッと引き、今度は寒気すら感じるほどだった。
サザムが続けた。
「俺はもう、自分が人間かどうかなんて関係ない。ただ敵を滅ぼすのみ。東の外れの小国に『怨敵調伏』という言葉があるが、そんなんじゃ生ぬるい。無惨に殺した上で存在まで永久に抹消しないと俺は許せない。そうしないと、俺は穏やかに眠れないんだ」
ああ、コイツは正気を失っている!
守り神の意志なのかサザム本人の意志かはわからないが、魔王とは別の方向で恨みを募らせてきたのだろう。
魔王に対峙した俺だからわかる。コイツは止まらない。本当に世の中すべてを焼き尽くして、はじめて冷静になれるのだろう。
話しても無駄だし、諭しても無駄だ。止めるか殺されるか、二択しかないのだ。
「あ、なんか聞きたそうな顔をしているな」
サザムは急に、いつものふざけた調子に戻った。
「ではここで質問タイムを挟もうか。はい、ではアズール君」
サザムが俺を指さす。とてもそんな気分じゃないが、断れる雰囲気ではない。しかし何かを聞き出すなら、今が絶好のチャンスだ。
俺に与えられた時間は少ないが、頭をフル回転して質問を導き出した。