第九章① 親玉一騎打ち
守り神というものは、国内のどこかには必ず存在している。国内を縦横無尽に放浪する場合もあれば、神殿などの一カ所にひっそりと留まる場合もある。
国内から出られないが、逆に国内であればいつでもどこにでも移動可能な存在なのだ。
バーハタの守り神はどのタイプだろう。もし自由に放浪するタイプなら面倒だ。国内に絞られているとはいえ、探す手間と移動時間がかかる。
しかし現状を考えると、どこかに留まっているはずだ。一カ所に留めた方が術式をかけやすいからな。首都のマーリマリを中心とした術式だから、市内にいる可能性が高い。
俺はバーハタの地形や町中に施された術式など、あらゆるものから守り神がいそうな場所を推理した。人目につかず、干渉されず──そして一つ結論が導き出た。
「あそこか!」
俺は駆け出した。ジュニアはまだ動けないようで、ヨタヨタしている。
「お前は休んでいろ」
「父さん一人じゃダメだよ」
「大丈夫だって。偵察したらすぐ戻ってくる」
俺はその場にジュニアを残し、さっさと町の中心部へと向かった。
そう、俺が目指したのは、最初の塔があったあの広場だ。
あの広場に面した場所に、国の庁舎がある。国の一切合切を担う要所で、おいそれと住人が入れない。ということは、逆を言えば誰からも干渉されにくい場所なのだ。
国全体に及ぶ術式を施せるのだから、サザムは国の深い部分に関与している恐れがある。庁舎を好き勝手にできてもおかしくないはずだ。そして中央の塔に面してるから、術式が正常に稼働しているかすぐに確認できる場所でもある。また、町で一番高い建物なので、町内の様子も一望できる。隠れ家としても監視場所としても最適な場所だった。
広場までの道を俺は駆けた。時折人とすれ違ったが、誰もが清々しい顔をしている。本人たちからすれば「ちょっと調子がいい」くらいの感覚だろうが、発する魔力の輝きが違う。先日の重苦しさと打って変わって、町中が輝いているようだった。
一方で、負の感情はもちろんある。人がいる町内に入ってわかったが、わずかに生まれた負の感情はどこかへと流れていたのだ。まるで何かに惹きつけられているかのように、一直線にどこかへ。
それは偶然か必然か、広場への道と重なっていた。集まった感情たちは重なり、ドンドンどす黒い色へと変化している。そして俺が広場に着く頃には、一部が怨念化していた。
負の感情たちは、真っ直ぐ庁舎に引き込まれていく。ここまで来れば、俺にもわかった。何らかの術式があって、負の感情を集めているのだと。そして弱い感情たちを組み合わせて、強制的に怨念まで高めているのだと。
怨念は、純度の高い負の感情だ。だから組み合わせることで、人工的に怨念を生み出すことは理論上可能である。
ただ、正直ここまでするかと思った。
簡単に言っているが、持ち主が違う負の感情同士を組み合わせることは非常に難しい。ライオンとトラに子供を産ませるようなものだ。自然に起こりえない現象である。
魔力は万能だが、自然に逆らう行為はできない。魔術であれ呪術であれ、このことは変わらない。
しかし今、自然に逆らう行為が行われている。人間にできないということは、人間以上の何かが力を貸しているはず。
多分、このために守り神が利用されているのだろう。事態は俺が思っている以上に深刻かもしれない。
だが今は戦いに来たのではない。もし俺が想像した通りなら、俺一人の手には余る。ジュニアと二人がかりでも、一方的に嬲られるだろう。
ここはジュニアと共にアーサーニュやポートに戻って、世界各国からありったけの魔導士を集めてもらう事態かもしれない。
呪術師を倒したことで大渓谷の障壁は消えただろうし、ここは戻るべきだと判断した。だが、できなかった。俺の目の前にアイツが現れたからだ。そう、サザムが。
「出てこいよ」
庁舎から出てきたサザムが叫んだ。
俺は奴らに見つかってはならないと、建物の陰から広場を見ていた。だが奴にはすべてお見通しだったらしい。今すぐにでもここから逃げたいところだが、背中から撃たれる可能性がある。無事に逃げられる保証はなかった。
「そう警戒するなよ。寂しいじゃないか」
その口ぶりとは裏腹に、サザムはケタケタと笑っていた。
何を考えているんだ、アイツは。
そう思っている中、不思議なことが起きた。身体が引っ張られるのだ。まるで磁石に吸い寄せられるように、強力な力でサザムの前まで引っ張られてしまった。
逆に広場にいた人々は弾かれて、今は俺とサザムしかいない。しかもすべてが完了した時、広場の出入口がすべて塞がれた。強力なバリアが張られ、誰も出入りできない。
今ここにいるのは、俺とサザムだけ。サザムは俺を見下ろしながら、楽しそうに口元を歪ませた。
「攻撃なんてしないよ。ちょっと二人で話したかっただけさ」
サザムは庁舎から椅子を二つ引き寄せると、片方に座った。そして俺にも座るよう促した。
何を考えているかわからないが、俺が座らない限りサザムは頑なに話を始めない。だから仕方なく座ることにした。