第八章① あぁ、ハッピーエンドが遠い…
ジュニアは目をパチクリさせ、数秒固まった。
「どういうこと?」
俺は周囲を見渡した。だが左目で見ても右目で見ても、不審なものは何一つ見当たらない。ただ穏やかな水面が広がっているだけだった。
「くそっ!」
「父さん、説明してよ!」
俺は膝裏を軽くパンチされた。計らずもジュニアを無視してしまったからだ。
「お前、怨念とか感じるか?」
「感じるわけないじゃん。今全部消したんだから」
「いいか。人に感情がある限り、負の感情はイチになっても、ゼロにはならない。ということは、イチになった感情がどこかにあるはずだ。そこに怨念が集まってる恐れがある」
「そんなことできるの?」
「できる。町全体に術式を施せばな。いや、きちんと術式が組めれば、国全体の怨念を集めることだって不可能じゃない。ありえないほどに途方もない労力が必要だけどな。組織で動いていれば、できないこともないだろう」
「でも、どこに集めるのさ?」
「精霊の影響を受けない存在なんて、一つしかない。守り神だよ」
「守り神は知ってるけど、そんなことするかな?」
ジュニアの言う通り。守り神は本来、自分が治めるエリアに住む住人の幸せを願い、加護する存在である。住人が不幸になるようなことには決して加担しない。魔王と対局の存在でもあるため、怨念などご法度。自分の力も下がるため、普通は呪術や怨念を嫌うものである。
怒りのあまり、俺は自分の太腿を殴った。
「くそっ、早く気づいていれば……。むしろ国全体に影響を及ぼしてるんだ。先に守り神を手中に収めたに違いない」
「待ってよ。僕、ついていけない」
「俺だってわかんねぇよ。でも今起こっていることを考えると、これしかない。ああ、アイツは昔っから本当に意味がわからん!」
こうして雑談している間にも、怨念どころか負の感情すら一切感じられない。この時は無風で、湖面はシンと静まり返っている。それがなんだか不気味に思えて、俺の中の不安はますます掻き立てられた。
「とにかく、まずは守り神の安否だ。封じられているか弱体化させられているか。まあ、殺されてるってことはないだろうけど、なんとかしないと」
殺されるという言葉にビビったのか、ジュニアは悲しそうな顔をしていた。
「大丈夫。サザムだって、怨念がなきゃただの人間だ。俺とお前、そして精霊たちがいれば敵じゃないさ!」
俺はジュニアの頭を撫でてやった。それでもジュニアは不安そうなままだった。