第七章② もうこれでハッピーエンドでいいじゃん(え、ダメ?)
今まで気づかなかったが、ジュニアは滝のような汗をかいていた。
「疲れたー!」
「だらしないな」
一方の俺はいたって元気。ピンピンしている。
ジュニアは信じられないと言わんばかりの表情で、俺を見ていた。
「父さんが化物なんだよ。普通、こんなに魔力を使ったら死んじゃうよ!」
ジュニアは息を切らし、もう立ち上がれないといった様子だ。
そんなジュニアのもとへ、どこからともなく精霊たちが集まってきた。そしてジュニアの上に乗ると、次々に魔力を送り込んでいる。もちろんジュニアは頼んでいない。
ああ、こいつは本当に精霊たちに好かれているんだな。こうして助けてもらっているんだな。
きっとジュニアや精霊たちにとって、お互いを助け合うことは何気ないことなんだろう。だが、この何気ないやり取りが、両者の信頼の深さを如実に表していた。
俺は湖から水を汲んだ。といっても器がないから、魔力で水を丸めて球体にしただけだが。ジュニアに渡すと一気に飲み干し、大の字になって寝転がった。
「そんなに疲れたか?」と俺。
「むしろなんでそんなに元気なの?」
「まあ、鍛え方が違うってやつよ」
「魔王との戦いって、そんなに凄かった?」
「まあな。でも今思えば、修行の方がつらかったな」
「なんで?」
「ずっと絞られてる感覚がするんだ。あれは慣れなかったな」
「はは、よくわかんないや」
「まあ、お前も修行すればわかるよ」
話していて気づいた。ジュニアに修行の話はしていない。それなのに、なぜ知っているんだろう。
まあ、精霊が見えるジュニアだから、とっくにケンジャに会ったり、ルルから聞いたのかもしれない。でも俺からは何も教えてないから、俺個人が体験したことは何も知らないのだ。もっと大きくなったら伝えようと思っていたが、そういえばちゃんと話していなかった。ジュニアの一年後すぐにアーサーも成人するし、さらに翌年にはロベルトも成人する。その時一緒に教えればいいと思っていた。
どうせ帰る途中にルルを迎えに行くから、アーサーニュに着いたらすべてを話そう。ケンジャのことも、ルルのことも。そして先代たちや魔王のことも。俺が知ってるすべてを伝えようと、この時に決意した。
ジュニアはしばらく立てそうにないので、そばに座って俺も休んだ。
ふと一息ついて、俺は違和感を覚えた。
──まだ終わっていない。
気づいた途端、全身に鳥肌が立った。
何かがおかしい。確かに、町を覆う怨念はキレイサッパリ消えた。しかしその「キレイサッパリ」というのが、ありえない話なのだ。
そもそも怨念は、人間の負の感情から生まれる。例えば歩いていて、ふと嫌な気分になるような、そんな些細なことでも微量の負のエネルギーが生じる。よほど強い感情でない限りはすぐに霧散して消えるが、強い負の感情はなかなか消えない。時間をかけて、怨念へ進化し、蓄積されていく。
ここが陸の孤島ならば話は別だが、バーハタの首都である。アーサーニュより少ないが、多くの人が生活する場だ。そんな場所では必ず微量の負の感情が発生し、町中を漂っているものだ。
精霊たちは人の心まで浄化したわけではない(それは力を貸した俺が一番よく理解している)から、浄化後に生まれる負の感情や怨念までは消えない。
だから今、わずかにでも負の感情や怨念が漂っていないのは、異常な状態だった。生きている限り発せられるもので、絶対に根絶できない。怨念とは、そういうものだった。
嫌な予感がした。
もし怨念が消えたのではなく「消えたように見えた」だけだったら?
敵はあのサザムだし、俺が怨念を狙うことは予想できただろう。俺に怨念を消す術がないとしても、大事な力の源をみすみす奪われるようなへまはしない。
俺だったら相手が怨念を消せると想定し、カウンターとして何か仕掛けるだろう。俺だったらどうする?
答えが出た瞬間、俺は立ち上がった。
「どうしたの?」
ジュニアは恐ろしいものでも見る目で俺を見た。ああ、今の俺はよほど険しい顔をしていたに違いない。
「おい、守り神はどこだ?」
「え?」
「コイツか?」
俺は祠を指さした。違うと言わんばかりに、ジュニアもポワポワたちも首を横に振った。
「くそっ!」
「父さん、どうしたのさ?」
「はめられたかもしれん」
「何が?」
「もしかしたら、思っていたよりよっぽど深刻かもな」