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魔王が居座るせいで始まりの町から出られません  作者: 団 卑弥呼
【第1部】はじまりの旅が始まらない
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第四章② 行きはよいよい、帰りは長い……

 俺の街は城壁で覆われているが、その外に出てみようという試みだった。

 城壁というと物騒に聞こえるが、街の外も至って平和である。森にさえ行かなければ、魔物が出てくることもない。それに引率の先生には、退役騎士が含まれていた。

 だから何も問題もなく、俺らは安全に城外で遊ぶことができた。


 城門を出ると平野が広がっていた。季節は春だったので、そこかしこに可憐な花が咲いていた。お花にはしゃぎながらも、俺らは城門からの一本道を進む。


 三十分ほど歩いたところにある牧場がハイキングの目的地だ。

 そこで昼食をとり、三時間ほど遊んで帰路につくのが一連の流れである。


 数人で輪になって、俺たちは昼食を食べた。ふざけながら食べていたので、おばちゃん先生にはガッツリと叱られた。なぜかルルも俺らのグループにいて、一人黙々と食べていた。

 牧場の好意で、搾りたてのミルクを飲ませてもらったのが衝撃的だった。また騒いで、おばちゃん先生に叱られた。

 そんな中でも、ルルは笑顔一つ見せなかった。ルルの表情筋が死んでいることを、その時の俺らにはまだ理解できずにいた。ただつまらない奴だと思い、相手にしないようにしていた。


 さっさと食べ終わり、俺とハインツは探検に行くことにした。しぶしぶながらヨークも連れて行った。前日にジャンから「一緒に遊んでやってほしい」とお願いされたからだ。

 ヨークは舎内の糞を分析していて嫌がったが、二人で無理やり引っ張ってきた。他にも数人いたが、大事じゃないので誰だったかは割愛する。


 俺らは五人で牧場内を探検した。青々とした草木。宝石のように輝く小花。力強い牛馬。街中では見ない景色ばかりで、俺たちは何を見てもはしゃいでいた。


「おいぃ、アイツがいるぞぉ」

 ハインツが俺に耳打ちした。急かされて振り返ると、ルルがいた。少し距離をあけ、俺たちの後をついてきたのだ。


「どうするぅ?」

 ハインツが尋ねた。陽気で体の大きいハインツは、クラスで一番の人気があった。だからハインツがダメだと言えば、その場にいる全員がルルを追い返しただろう。もっとも大人しく帰るかは別であるが。

「いいんじゃない、ほっとけば」

 俺はあまり深く考えずに答えた。どうせ害はないし、俺たちに混ざりたいわけでもない。気分は悪いが、ほっとくのが一番だと思った。

「だよなぁ」


 ハインツも承諾し、俺らはルルを完全にいないものとして楽しむことにした。実際気にはならなかった。

 ルルとの距離は数メートルあったし、ルルも話しかけてこなかった。ルルも好き勝手に一人で楽しんでいるのが、たまに視界に入る程度だった。


 日常とかけ離れた世界を、俺たちは思いっきり楽しんだ。自分たちが騒いでいるので、周りから声がしなくなっていることにまったく気づかなかった。


「ここどこだぁ?」


 普段が騒がしいハインツが、弱々しく呟いた。

 言われて初めて、俺も周囲を見た。そして愕然とした。俺たちは平原の真ん中に立っていたのだ。周囲に建物はなく、ただ遠くで牛が草を食んでいるのが見えた。


「遠くまできちゃったな」

「戻らないと」

 誰かが言ったのを皮切りに、俺たちは帰る決心をした。


「でもどっちに行くんだぁ?」

「牛を追えばいいのですよ。彼らは牧場のそばから離れませんからね」

 珍しくヨークが自分から喋った。好きなこと以外は一切話さないヤツだが、よほど焦ったのだろう。メガネをかけているのだが、分厚いレンズの奥で目がギョロギョロと動き回っていた。

 変人だが、ヨークはかなり頭がいい。それは当時から皆が知っていた。だから俺たちも納得して、牛のいる方向を目指した。


 行く時はあっという間だが、戻る時は長かった。珍しいものがたくさんあったし、何より楽しかったから。しかし戻りは楽しくない。むしろ歩き疲れてクタクタだ。建物が見えない分、余計に虚しくなってくる。


「疲れた!」

 誰か一人が座り込んだ。自分もと、次々に座り込む。立っていたのは体力のあるハインツと俺だけ。だが体力に自信がある俺でも、この時ばかりはしんどかった。


「早くしないと遅くなるぜぇ」

「休もう、ハインツ。みんながこれじゃあ、帰るのがもっと遅くなる」

「ちぇー」

 俺が腰を下ろすと、ハインツもドカッと座った。ハインツはまだまだ余裕そうだ。

 ルルも遠くで座っているのが見えた。どことなく顔色が悪いように見える。能面のように表情に乏しい顔が、初めて人間らしく見えた。


 俺たちはしばらく動けなかった。思えば昼食をとってから、ずっと動き回っていた。休んだ途端、その疲れがドッと出た。誰も何も言わず、喋っても二言三言で会話は続かなかった。


 ヒヤリとした風が頬を撫でた。季節は夏に向かっていたが、夕刻の外気はまだ冷たい。空はまだ明るかったが、空気には夜の気配を感じた。


「そろそろ行こう」

 渋る一同を急かして、俺たちは先に進んだ。後方を見ると、しっかりとルルも付いてきていた。いると面倒な存在だが、今はいてくれてホッとした。


 歩いて歩いて歩いて。空の一部がオレンジ色に染まった頃、ようやく遠めに牧場が見えた。

 その時の俺たちは、飛び上がらんほどに喜んだ。だが悲しいことに、もう体力がない。お互いの目がわずかに輝くだけで、歓声を上げる元気は誰にもなかった。


 あと少し。そんな思いで歩く俺たちに、フッと影が落ちた。

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