第六章④ 精霊って美少女のイメージがありませんか?
ジュニアはどこかを睨みながら、俺の左目を押さえた。
ああ、なんだか温かい。
優しいぬくもりがジワジワと広がっていく。
これがジュニアの魔力! 優しくて温かくて、なんて気持ちいいんだろう。
干したての毛布に包まれるような、幼き日に母さんに背負われた時のような。俺なんかがちっぽけに思えるほどに、大きくて優しい存在に愛されている感覚だった。
そこからは記憶がない。
気づいたら、俺はジュニアに揺さぶられていた。気絶か睡眠かわからないが、どうやら気を失ったらしい。空の色は変わっていないし、あまり時間は経っていないようだった。
「父さん!」
目を開けると、俺はギョッとした。顔のすぐそばにジュニアの泣き顔があったからじゃない。ジュニアの周り──いや、空気に色がついていたのだ。
まるで魔力の流れを見ている時のように、様々な色の筋が空間を彩っていた。
俺が起きたことでホッとしたのか、ジュニアが俺の胸に顔をうずめてわんわん泣き出した。
「ごめんね、守れなくて」
「いや、いいんだ」
体が大きくなってもまだまだ子供だな。
そんな風に和んでいたら、あることに気づいた。ジュニアの右肩に何かいるのだ。
小さくてポワポワしてて、綿毛になったタンポポみたいだ。
ジュニアを撫でようと伸ばした手で、俺はそいつを摘まんだ。そしたらピーっと甲高い声を上げた。
驚いて手を離すと、そいつは隠れるようにジュニアの髪の中に隠れた。
「おい、変なのがいるぞ」
「そんなことどうでもいいよ!」
「いや、よくない。お前の肩にいるんだぞ」
「え?」
ジュニアが俺から離れると、肩を触った。
「何もいないよ」
ジュニアがそう言った途端、髪の中からポワポワが現れた。
「ほら、そいつ! ここにいる!」
俺は自分の頭を叩いて、ポワポワの場所を教えた。
「もしかしてこの子?」
ジュニアが指先を向けると、ポワポワがすり寄った。まるで飼い主にじゃれつくネコだ。
「ああ、なんかよくわかんないけど、そのポワポワした奴!」
よく見ようと目を見開いたら、左目に激しい痛みが走った。
すぐに左目を手で覆うと、ポワポワは見えなくなった。
「父さん、見えるんだ!」
俺の混乱をよそに、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔のジュニアが微笑んだ。
痛みが治まったので手を離すと、またポワポワが現れた。まったくわけがわからない。
「本当に何なんだ、そいつは」
「精霊だよ!」
ジュニアは手の平にポワポワを乗せると、俺に差し出した。
ポワポワは俺が怖いのか、ブルブルと震えている。精霊なんて絵本の中でしか見たことないから、てっきり線が細い美少女だと思っていた。だが実際はか弱い小動物といった印象だ。
あまりにイメージと違うため、思わず笑ってしまった。
「いつもジュニアがお世話になっております。よろしくな」
俺が指を差し出すと、ポワポワは短い悲鳴をあげて、俺の指から逃げた。しかしジュニアが俺を信頼していることを知っているのだろう。髪の中で俺の指を観察し、恐る恐る近づいてきた。そして俺の指先をジッと見てから、ポワポワな体をすり寄せた。
その仕草は可愛いが、俺の指先には何の感触もない。後から知ったが、俺は見える以外で、触れたり干渉できないようだった。
「どうして急に精霊が見えるようになったんだ?」
「それは……」笑ったジュニアの顔がまた曇った。「左目を失ったからだよ」