第二章④ 乾物は好き嫌いが分かれる
荒廃した山間に開けた平地があり、平地の中央に大きな湖がある。湖を囲むように町が築かれていた。
町の大きさは、アーサーニュの十分の一ほどだろうか。
ちなみに、隣国バーハタの領地は砂漠に近いような枯れ山ばかりで、鬱蒼とした緑とは無縁である。だから森の恵みは期待できず、生活の糧はすべてこの湖から得ている。
マーリマリの家は小屋と呼べるレベルで、住民たちが着ている民族衣装も質素でくたびれている。貧困とまではいかなくても、裕福な暮らしができているとは言えない状況だった。
かつて他国が羨むほどに繫栄を極めた町が、本当にこんな場所にあったのか。
実際にマーリマリを見た俺は、イメージとのギャップに戸惑った。せっかく貴重な鉱物が産出されるのだから、それを上手く使えば、今よりもっと町が栄えていてもおかしくない。しかし住民たちには威厳もなければ元気もなく、日々の糧のためにしぶしぶ働いているといった感じだ。
一言でいえば、無気力。こんな町なら鉱物の価値もわからないだろうし、手練れた商人相手に、買い叩かれるのがオチだった。
町に到着したのが昼過ぎだったので、俺たちは食事をとることにした。ノコの家に荷物を置くと、自宅近くの大衆食堂に入った。どことなく不衛生で埃っぽく、本当に地元の人しか寄り付かないようなぼろい店だ。だがこの町では人気の、大きめなレストランだと後で知った。
食事は乾物ばかり。この国には農耕できるほどの土地がないため、狩猟で日々の糧を得ていた。渡り鳥や産卵後の湖の魚を捕獲し、干して保存食にする。そして食事時に濃い味付けをして、通年の食料を確保しているのだ。そんな話を聞きながら食べる食事はなんとも言えない味がする。
ポートでは新鮮な食材を味わっていたし、つい先日港町クルスで新鮮な魚を食べたばかりだ。どの国にも事情があるから仕方ないが、マーリマリの食事だけは慣れなかった。ノコに勧められたが、お代わりは断った。
食後のお茶を飲みながら、俺たちは炭鉱の話をした。ノコの買い取った炭鉱は、ここからさほど離れていないらしい。ちょっと見るだけなら、夜には戻って来れそうだ。
見ないことには始まらないし、俺はすぐに炭鉱に行きたいと告げた。
疲れたのか、ジュニアは興味なさげにしていたが、それでもついてくるという。これまでの事業への無関心ぶりが嘘のように、今のジュニアは俺に従順だ。いったいどんな心変わりしたのか疑問だが、俺は良い兆候だと捉えていた。深く追求して機嫌を損ねないように、俺からは特に何も言わなかった。
またも山中を歩き、三時間ほどで、例の炭鉱にやってきた。岩肌にぽっかりと口を開けて、来訪者を飲み込むのを今か今かと待っているようだ。
ノコは慣れた手つきで松明を作り、俺たちに一本ずつ渡した。そして先陣を切って中へ入っていく。次に俺が入ろうとして、ふとジュニアを見ると、ハンカチで口元を覆っている。一丁前に、ガスを警戒しているようだ。
「大袈裟だな!」
俺がそれを指摘して笑っていると、ノコが戻ってきた。そしてジュニアに微笑みかけた。
「ご安心ください。ガスはありませんから。それにあっても、先頭にいる私と松明が、真っ先に被害を受けるでしょう。私が倒れてから逃げても遅くありませんよ」
ノコの軽口に、俺もノコも笑っていた。だがジュニアはむっつりした顔で決して笑わず、ハンカチを口元から離さなかった。
ノコを先頭に、入り組んだ横穴を進む。荷車が出入りしていたせいか、道幅は思ったより広い。足元に転がる石に注意しながら、慎重に進んだ。
壁面として露出している岩石は、特別な石ではない。だが松明を近づければ、夜空の星のように、壁面がキラキラと光っている。何かを含有しているようだが、今の俺には調べる術も知識もない。後日専門家を連れて、大々的な調査が必要になるだろう。
坑道は複雑に入り組み、ちょっと小道に入るとすぐに所在がわからなくなる。先人たちが苦労して鉱物を探した痕跡が伺える。そんな道をノコは迷いなく進んでいく。聞くと、事前に目印を付けていたらしい。俺も探してみたが、その目印が何なのか、さっぱりわからなかった。
「ここです」
ふいにノコが立ち止まった。