第二章② 若いって素晴らしい。
朝がきて、俺たち家族はそれぞれの旅立ちを迎えた。
家族が馬車に乗り込むのを見送ると、俺とジュニアは東地区の下宿へ向かった。
早朝にも関わらずノコは準備万端で、俺たちを見るやいなや、大きく手を振った。
「アズール様、お待ちしておりました。この度はありがとうございます」
ノコは折れ曲がらんばかりに頭を下げた。
「いや、こちらこそありがたい話に感謝してるんだ。どうか頭を上げてくれ」
俺に促されて頭を上げたノコは、ニターッと微笑んでいた。この男は時折、生理的に受け付けない表情をすることがある。まあ仕事上であれば、気味が悪いからといって切り捨てられるものではないが。
だがジュニアを見て、ノコの気色悪い笑顔が一瞬消えた。
「あの、失礼ですが、他のご家族様は?」
「ああ、帰らせたよ。商談の邪魔になったら悪いからな」
「滅相もない。観光気分でいらしてくださって構わないのに」
「今回は突然決まった視察だしな。正式に商談となったら、また訪問させてもらうよ」
「ああ、そうですね」
ノコはさっきと変わらない満面の笑みを、ジュニアに向けた。
「息子さんですか?」
ノコの問いに、ジュニアが頭を下げる。
「お邪魔させていただきます」
「いえいえ。こちらこそご足労いただきありがとうございます。それにしても、美しい息子さんですね。そんな女性のような細さで、これからの山道に耐えられるか心配です」
「ご心配なく。これでも頑丈ですので」
そんなこんな言いながら、俺らはアーサーニュを出発した。
マーリマリまでの道のりを説明すると、まずアーサーニュを南下し、二股に道が分かれている場所まで行く。右は俺たちが来た港町クルスに繋がっているが、左に行くと隣国バーハタに繋がっている。
しばらくは平野が続くが、次第に山道になり、そのうち大渓谷が現れる。
大渓谷は南北に渡っており、俺たちの国とバーハタを隔てる国境になっている。しかし自由な交易のために往来制限がなく、警備や関所がない状態だった。
大渓谷には所々に吊り橋がかかっているのだが、アーサーニュ近くではこの道上にある大吊り橋のみ。他の吊り橋から行こうとすると、北方にそびえる山を越える必要がある。ちなみに南方にいくほどに割れ目が広がるため、大吊り橋以南は吊り橋がない。
ちなみに大渓谷を越えると、そこはすぐ山。バーハタの国土は七割が山地で、慣れない場所から行けば、すぐさま迷ってしまう。
だから実質、バーハタへの道は大吊り橋を越える一つの道しかない状態だ。
大渓谷を越えて一昼夜歩けば、バーハタの首都マーリマリに辿り着く。ちなみに、この首都マーリマリが、かつての惨劇の舞台。魔王誕生に至った場所であるのは言うまでもない。
アーサーニュから大渓谷前の山道までは、馬車を使って移動できる。しかし道中のほとんどが山道だ。だから俺たちは行けるところまで馬車で行き、途中から徒歩でマーリマリを目指した。順調であれば、約五日にマーリマリへ到着する予定だ。
さて、ジュニアは線が細くてひ弱な見た目をしているが、身体能力は低くない。ノコの心配をよそに、誰よりも涼しい顔で山道を歩いていた。
「父さん、何か持つよ」
俺が疲れたと思うと、ちょうどよくジュニアが声をかけてくる。
最初は断っていたが、倍の荷物を担いでもスタスタ歩く息子がたくましく見えた。ありがたい反面、つい「その体力と思いやりを、もっと仕事や恋人に向けてほしい」と思ってしまった。口を開くといらぬ発言をしそうだったので、必要最低限の会話に留めた。まあ、話しながら山道を歩く余裕がなかったのもあるけど。
アーサーニュから大渓谷までは約二日、さらに三日かけて山間部のマーリマリを目指す。
初日は平野を進むので楽だったが、馬車を降りてからは苦労の連続。
二日目の夕方、大渓谷に辿り着いた頃には、もう両足がパンパンだった。大渓谷を越えた後の方が、険しい道のりになる。二日目は余裕をもって、早めに休むことにした。(まあ、ジュニアだけ平気そうだったけど)
都会育ちのジュニアは、野営に慣れていない。テントを張るのも一苦労で、俺はジュニアから目が離せなかった。ついつい手を貸してしまうのは、子供の成長にとってよくないと思う。
でも手伝うたびに、ジュニアは顔を輝かせた。
「すごいね父さん。物知りなんだね」
こう言われると、悪い気はしない。計らずも旅行中の五日で、ジュニアには野営方法を伝授していた。