第一章⑥ 隣国の商人
旧市街地に戻った俺は、旧友ヨークのもとへ向かった。他にも懐かしい顔ぶれを集めて、ちょっとした同窓会をした。
同窓会の締めは墓地へ行き、ハインツの墓石に酒をかけて深夜まで盛り上がる。祭り前夜の浮かれた空気が漂っていたので、俺らが暴挙に出ても、誰もが笑って見逃した。俺もいい年してバカ騒ぎできる、祭りの夜が大好きだった。
もちろん翌日は二日酔い。子供たちにバカにされながら、俺はパレードへと出かけた。
正午スタートのパレードは今年も荘厳かつ豪華絢爛で、ロベルトは最初から最後まで興奮していた。
俺は人混みの最前列にいるのがつらくなって、一人でその場を離れた。そしてジェラートを買い、建物の陰で休んだ。冷たいジェラートは、こみ上げる吐き気を抑えるのに最適だ。だがここで酒味のジェラートを選ぶあたり、俺もおっさんになったものだと笑えてくる。
パレードの人手は恐ろしく、ちょっと離れただけで子供たちの陰も見えない。人垣の上から飛び出た槍の先端が規則的に流れていくのが見えた。
槍を見ている内に、王国騎士団に関する思い出がよみがえってきた。親友ハインツのこと、憧れの恩人アーサーのこと。日常に忙殺された思い出たちが、次々と浮かんでくる。感傷に浸りながら、俺は町を眺めていた。
「あの、もし」
最初、俺に声をかけているとは気づかなかった。何度か呼びかけられて、俺は気づいた。
背の低い男が、俺のそばに立っていた。まったく見覚えがない人だし、俺より若そうだ。
ポートにいる時はこうやって知らない人から声をかけられることもあるが、王都では旧友くらいしか知人はいない。ましてや俺より下の世代には、顔は知られていないはずだ。
「何か御用ですか」
もしかしたら仕事相手かもしれないし、俺はなるべく丁寧に尋ねた。まあ、休日をぶち壊された不快感は態度に出ていたかもしれないが。
「不躾に申し訳ございません。失礼ですが、あなたはアズール様ではありませんか」
「そうですが」
「ああ、やっぱり! 突然の無礼をお許しください。私はノコと申します」
「はあ」
名乗ったものの、やはり知らない名前。俺に対して慇懃に振る舞っているが、彼の挙動からいい気持ちはしなかった。
「以前どこかでお会いしましたっけ?」
「いえ、これが初対面です。しかしアズール様のことは以前に何度もお伺いしていたので、つい顔見知りのように声をかけてしまいました。大変失礼いたしました」
「はあ」
いったい何者なんだろう。一向に要件がわからないので、俺はイライラしてきた。その様子を察したのか、ノコは懐から拳サイズの石を出して俺に見せた。
「アズール様は、こういったものに興味はございませんか」
それはダイヤモンドの原石だった。これほどに大きな原石は滅多にお目にかかれない。世界一大きな指輪だって作れるだろう。いったいいくらの値段が付けられるか、まったく想像できないほどだ。
俺があっけに取られていると、ノコは原石を投げてよこした。俺は慌ててキャッチする。その際に周囲のクズ石が取れて、俺は肝が冷えた。しかしノコは屈託ない笑みを俺に向けてくる。
「差し上げます」
「は?」
「親交の証として、どうぞお納めください。ああ、もし足りないのであれば、あと三つならすぐにご用意できます」
ノコはポケットや鞄から、次々に原石を取り出した。どれがも握りこぶしよりも大きく、ぼんやりと鈍い光を放っていた。
こんなに大きなダイヤモンドが、こんなにも!
絶句した俺だが、慌てて断った。ノコは渋っていたが、俺が受け取らないので、しぶしぶ原石をしまった。
「どこから持ってきたのか、気になりませんか」
ノコがニヤニヤと尋ねた。俺は黙ってうなずく。
「マーリマリから持ってきたのですよ」
マーリマリとは、今の隣国バーハタの首都だ。
隣国といえば魔王との因縁が浮かんでくるが、その国はとっくに滅びているし、約三百年の間に何度も興亡が起きている。だから過去の因縁とはまったく関わりがない、今はまったく新しい国になっている。その新しい国が、バーハタなのだ。
確かに、バーハタは天然資源の宝庫だ。鉱物だけでなく、宝石だってじゃんじゃん出てくるという話を聞いたことがある。その事実は三百年前から変わらない。
「私はマーリマリのしがない商人なのですが、最近枯れた炭鉱を購入しましてね。まあ、借金のカタとして二束三文で譲り受けたものなんですが。そうしたらその山は、まだ枯れてなかったのです。少し掘りましたら、じゃんじゃんダイヤモンドが出てきました。しかし私には販路がなく、手練れの商人に安く買い叩かれるのが関の山です。だから私よりも知見があり、商才がある方にお願いしたいと考えていたのです。この国には縁あって訪れたのですが、方々であなた様のお話を伺いました。アーサーニュ出身で、ポートきっての豪商。一代で膨大な富と新世界への航路を築いた天才商人として、あなた様を知らない人はおりません。そんなアズール様に、ぜひ私のダイヤをお任せしたいと思ったのです。よければ、私の炭鉱をお任せできないでしょうか」
率直に言って、ノコの第一印象は良くなかった。だがこの話が本当だとしたら、上手すぎる。この話に乗らないのは、商人として悪手に思えるほどに。