第一章⑤ まさか自分が親と同じことをするとは…
ケンジャのいる聖域は、今なお変わらない。地下特有のじめっとした静寂に包まれ、先代たちの永遠の眠りを見守っていた。
「よく来ましたね、アズール」
今日も年齢不詳な老婆スタイルで、ケンジャが出迎えてくれた。
ケンジャは十五年前からちっとも変わらない。まあ、もともと変幻自在な存在だし、今の姿から変える必要がないんだろうけど。
俺はケンジャに挨拶し、ルルを託した。ケンジャがルルを抱きかかえ、何度か優しく撫でた。ルルはゴロゴロと喉を鳴らし、長年の飼い主に甘えているようだった。
ケンジャがルルを癒している間、俺はそれぞれの墓に挨拶をした。花束から数本抜いて、墓前に供える。そして手を合わせ、一人一人に向けて簡単に祈った。彼らの生前の功績を称え、子孫である俺たちが今日も無事生きていることに、心の中で御礼を述べた。
全員分が終わると、俺はケンジャのもとに戻った。ケンジャはいつの間にかテーブルと椅子を出して、お茶の用意をすっかり済ませていた。久しぶりにルルも人型に戻り、俺ら三人は仲良くお茶をすすった。
「実はケンジャにお願いがあるんだ」と俺。
「何でしょう?」
「ルルを引き取ってほしいんだ」
「何を言っている!」ルルが立ち上がった。
「私はずっとお前の元にいると言ったじゃないか!」
「ああ、それは嬉しいよ。でもさ、もう限界だろう。寿命なんだよ、コイツ」
ケンジャは悲しげに笑った。多分俺よりもよくわかっているんだろう。
「そりゃあ俺だって最期までそばにいてやりたいよ。でも仕事が忙しい。お前が亡くなる瞬間を見守ってやれないのがつらいんだ」
「私がそんなに簡単に死ぬと思っているのか! なんならお前よりも長生きできるんだからな!」
「だったらそうしてくれ。初代から見守ってくれたお前が、俺の代で死ぬなんて真っ平だ!」
「まあまあ、二人ともそう熱くならないで」
ケンジャに促されて、ルルは席に座った。
「確かに、私の所にいれば、ルルはいつまでも生きられます。私が消えるまで生きられるので、アズールの何倍も長く生きられますよ。でも、ルルはもう十分に生きました。そしてあなたのもとにいることを望んでいるのです。最期のワガママを聞いてあげてくれませんか」
「そうだそうだ!」
「それに、もしあなたが先立つことになっても、子供たちがルルを看取ってくれるでしょう。アズールジュニアはどうです。彼なら安心してルルを任せられるでしょう」
「なんでまた、ジュニアに……」
俺は子供たちに、一族のことは話していない。魔王について簡単に説明し、地上の共同墓地へ連れて行ったことはある。しかしこの地下墓地の存在は教えていない。
すでに終えた一族の因縁なんて不要だろうから、俺がいざという時になるまで伏せていようと思ったのだ。
かつての俺は一族のことを教えられずに育って憤慨したのに、不思議なもので逆の立場になったら言えないもんなんだよ。巻き込みたくないってね。自分でもこれが正しいのかわからないけど、少なくとも今じゃないって俺は思ってた。
そんなケンジャの口から、ジュニアの名前が出て驚いた。まあ、ケンジャは守り神だからこの町に起きた出来事は何でも知ってるだろうし、ルルから話を聞いているはずだから、知っててもおかしくない
。
でも特別ジュニアが名指しされる理由はないと思っていた。
すでにルルは俺ら家族にとってかけがえのない存在で、みんなが大事にしている。ミーナは熱心にルルの世話をしているし、アーサーはどこに行くにもルルを連れて行く。ロベルトは素っ気ない態度をとっているけど、誰も見ていない時はルルを撫でまくっているそうだ。(これはルルから聞いた)
誰もがルルを大事にしているのに、ジュニアを名指しされるのは納得がいかなかった。
「彼は特別な力を持っています。彼なら万事うまく進めてくれるでしょう」
「特別っていうが、アイツはそこまで特別じゃないぜ」
「あなたはまだわかっていないだけなのです。あの子の力に」
「はいはい、俺はいつだってわかってませんよ」
俺は残ったお茶を飲み干すと、席を立った。
「じゃあな、ルル。今晩はここにいろよ。で、よく考えておくんだな」
「うるさい! 言われなくても明日にはしっかり帰るからな!」
俺はルルを残して退室した。パワーチャージのため、ルルをケンジャに預けるのは毎回のことである。しかし一方的に置いてきたのは初めてだ。まあ、お互いにわかっているから問題ないんだけどさ。
それにしても、ジュニアはケンジャやルルからやたら評価がいい。何か俺にわからない力があるらしいんだが、俺はサッパリ理解できないのだ。俺だけが理解できないからってヤケクソになってる面もあるが、俺は父親として、優れた息子を認めたくないのかもしれない。
まあ、感情的な部分を差し引いても、将来が決まっていないジュニアを俺が信用しきれていないってことは確かだった。とにかく早く自分の道を決めて、自立して欲しかった。