第三章④ 深夜帰宅でサプライズとかやめてくれ
ハインツの家を出た時、時刻は夜の八時。
すっかり長居してしまった。空が真っ黒なせいで、時間感覚が狂うのは仕方ないのだが。
ハインリヒの家を出た俺は、ふとジャンとの約束を思い出した。
弟ヨークの様子を見ていないのだ。急ぎではないが、義理として約束は果たさなければならない。俺はヨークの家に寄った。
ヨークの家は、武器屋の近くにある。鍛冶屋なのだが、壊れた武器のメンテナンスを主に請け負っていた。
製鉄設備もあるが小さく、あくまで補修のための必要最低限のみ。親父さんも新たに武器を作る気はなく、武器は売っていなかった。だから鍛冶屋というより「修理屋さん」というイメージが街では浸透していた。
そんな家の次男であるヨークは武器マニア。究極の剣を作るのが夢だと、家業そっちのけでひたすら武器を作っていた。
研究費欲しさに、満足できない完成品はハインツの家に卸していた。そのためまったくの遊びとも言えず、家族もしぶしぶ認めているような状態だった。
ヨークの家に行くと灯りは点いていなかった。空が真っ黒になってから、昼夜問わず灯りは不要になった。ただ心もとないので、俺の家でもハインツの家でも、人が集まればロウソクを灯していた。炎のきらめきを見ることで、多少なりとも元気が出るからだ。
それに思えば一応夜だ。ちょっと早いが休んだのかもしれない。魔物の目につかないよう、大々的に灯りを点ける家も少ないし。
そう思うことにして、俺はあっさりと帰ることにした。
× × ×
少し歩くと、家に着いた。今日ほど家路が遠く感じられたのは初めてだ。なんだか感動しながら、俺は家のドアを開いた。
母さんに黙って家を出たから、しこたま怒られるかもしれない。覚悟して帰宅した俺だが、別の意味で度肝を抜かれた。ダイニングテーブルに、ルルと母さんが座っていたからだ。
「あ、おかえりなさい」
母さんは普段と変わらぬ態度で出迎えた。緊急時に息子が飛び出したのに、なぜそんな普通の態度が取れるのか疑問だった。
だがそれよりも疑問なのはルルだ。我が家同然にくつろぎ、俺のカップでココアを飲んでいた。
「なんでお前が俺んちにいるんだよ!」
「お前こそ、なぜ家にいないのだ。フラフラしおって」
「俺は仕事だ」
「こんな有事に働く必要などないだろう。なんてお前は馬鹿なのだ」
これには俺も頭にきた。こいつと話していても無意味だと思った。
「はいはい、俺は馬鹿ですよ」
「どこに行く?」
「寝るんだよ。馬鹿は働いて疲れたからな」
「あら、お風呂には入った方が疲れが取れるわよ」
なんとまあ、母さんはのんきである。明日入るからと、俺は適当に流した。
だが図らずも母さんとの会話が足止めになってしまった。
ルルが部屋の前に先回りし、両手を広げて俺の侵入を阻んだ。
「そこ、俺の部屋なんですけど」
「行かせはせん」
冗談だと思いたいが、ルルの目は本気だ。本当、こいつとはいつもまともは話ができない。
「好きにしろ」
俺はソファーで寝ようと、ルルに背を向けた。するとルルに腕を掴まれた。
「行くぞ」
「は? どこに?」
「賢者のもとに」
「は?」
ああ、やっぱりルルとはまともな会話ができない。