第一章① 古の勇者よ、なぜあと10年頑張れなかった
春になると、様々な生物が目を覚ます。昆虫とか小動物とか魔王とか。
嘘みたいな話だが、今年の春に魔王が復活した。皮肉なことに、魔王討伐を祝う春光祭に。
今になってわかった話だが、どうやら過去に行われたのは討伐ではなく封印で、しかも二百九十年後に封印が解けるらしい。
なんだよ区切り悪いな。あと十年頑張れよと思ったが、復活してしまったのだからしょうがない。
というわけで、今年の春光祭は阿鼻叫喚である。
当たり前だ、死んだはずの魔王がやってきたのだから。
正午のベルと同時に空一面が真っ黒になり、王都の空一面、魔物が四方八方に飛び交ったのだとか。
見た人は、さぞ度肝を抜かれただろう。武器屋のおやじはショックのあまり、毛髪が抜け落ちたらしい。まあ元々はげているから、彼なりのジョークなのだが。普段はクソ寒いのだが、不覚にも笑ってしまった。
さて、なぜ俺が他人事のように書いているかというと、現場を見ていないからだ。
不幸なことに、春光祭当日は寝込んでいた。高熱が出たのだ。
あんなに苦しんだのは、人生初だ。本当に死ぬかと思った。
しかし翌日にはケロリとし、前日の苦しみはなんだったんだと思う。
ただ今となっては、逆に寝込んで正解だったと思っている。
うちは王都の西方はずれ、王都を取り囲む城壁付近にある。
春光祭当日、住人は城付近のパレードに詰め掛けていたため、人々の悲鳴は一切届かなかった。
そんなわけで、快復した俺にはすべてが信じられないことだった。
家族からは「絶対外に出るな」と言われている。といっても、父は蒸発したので母が言うだけだが。
行くなと言われると行きたくなるのが人の性だが、俺も窓の外を見て外出をやめた。
空には黒い影が飛び交っている。詳しくはわからないが、本で読んだ魔物に似ていた。怖いわけではないが、用心するに越したことはない。
母の言うことをまとめると、こうだ。(続く)