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「だぁよねぇ」
アカリはため息をついた。
目が覚めた自分がいるのは、あの布団の上ではかった。あのスウェットも着ていなかった。
自分に昨日充てがわれた王城の来賓室の、何回寝返りをうっても落ちることのない天涯付きのベッドの上。そして、来ているのは昨日カミラに渡されたシルクのナイトウェアだ。
「よしっ!」
アカリは気合いを入れると、ベッドの上でストレッチをし始めた。
こうなったら、昨日アルバートの言うように神子のフリして、そして何がなんでも日本への帰還の道を探すしかない。
伝承の神子について調べて貰えば、何か手立てがあるかも知れない。
悲しんでいてもしょうがない。
絶対に、無事に五体満足で生きて帰る。絶対に。
「がんばるぞー!えい、えい、おー!」
アカリは拳を宙へ突き上げた。
するとドアの向こうから、コンコンと軽やかなノックが響いた。
「神子様?お目覚めですか?」
「カミラさん!おはようございます」
「随分、お早いお目覚めですね。おはようございます。神子様」
カミラは部屋に入ってくると、窓にかかるカーテンを開けていく。太陽の光が部屋の中を満たして一気に部屋が明るくなった。
カミラが窓を開けると、澄み切った朝の空気が入り込んできた。
アカリは胸いっぱい空気を吸い込んで、ぐっと伸びをした。
「うん。なんだか目が覚めてしまって。あ、もっとゆっくり寝ていた方がよかったですか?」
「いえ、よろしいですよ。着替えを持ってまいりました。お召し替えを手伝いましょうか」
カミラが差し出してきた服はどうやら、簡単なシャツとズボンのようだった。
昨日に引き続き制服を着ようかと思ったが、ズボンの方が動きやすそうだ。
「ううん!自分で着替えられそうです。ありがとうございます」
「かしこまりました。では、わたくしは朝食をご用意致しますね」
「わぁ!お腹ペコペコだったんです!お願いします!」
衝立の向こうで、シルクのナイトウェアを脱ぐと、渡されたシャツに手を通した。シーツ同様にノリがパリッと効いていて、丁寧にアイロンがかけられていることがわかる。シャツもズボンもサイズはちょうど良く、このままで大丈夫そうだ。
少しだけ、シャツの袖口を捲って調節する。
かちゃかちゃと食器がぶつかる音がして、カミラが用意する朝食のバターの香りが鼻をくすぐった。
ぐぅうう。
お腹はいつだった正直だ。
ただ昨日の今日で正直すぎる自分の体に、アカリは苦笑いを浮かべた。
テーブルへと向かうと、カミラがテキパキと朝食の準備をしてくれていた。
「カミラさん。私も何か手伝いたいです」
「どうぞ、お気になさらずに。これがわたくしの仕事ですから。もう少々、お待ちください」
サラダに、トースト、フルーツ。
次々と朝食の乗った皿が並べられていく様は、見ているだけ空腹を刺激した。
昨日と同じく食事は洋食で、日本にいた頃とあまり大差無さそうだ。
「では、どうぞおかけください」
そう言われてアカリが席についても、カミラが席につく様子はない。
「カミラさんはもう、ご飯食べたんですか?」
「いえ、私共はこの後、各々空いた時間に頂きます」
「そうなんだ」
「では、お召し上がり下さい」
「はい!いただきます」
昨日より味わって朝食を食べ終わると、カミラが新しい紅茶を用意してくれた。
「神子様。紅茶にミルクやレモンはお入れしますか?」
「ミルクをお願いします!」
美しい茶器に淹れられた、赤茶色に透き通る紅茶にカミラはミルクをそっと注いだ。
「はぁ。お腹いっぱい!美味しかったです。ごちそうさまでした」
「お口にあったようで、ようございました」
カミラは、昨日より頬に血色のあるアカリに安堵した。
ミルクを入れた紅茶をニコニコと飲むアカリの様子に、実家の妹や弟を思い出す。
ついついこの異国からの客人が気になって、侍女の仕事以上に世話を焼いている自分がいた。
「神子様、お髪が跳ねておりますわ」
「え?どこ?鏡を見た時は大丈夫そうだったんですけど」
「後ろが、少し。朝食を片付けましたら直しましょう」
「ごめんなさい。ありがとうございます。カミラさん。」
にっこり笑うアカリの笑顔に、カミラの心がポカポカと暖かくなるのを感じた。
自分の後ろの頭を手を翳しながら、気にするアカリに笑いかける。
「神子様、わたくしのことはカミラと呼び捨てください」
「え、でも。カミラさんは私よりお姉さんですよね?」
「そうですね。今年16になります。神子様より少しお姉さんでしょうか?」
わぁお。同い年。これが西洋マジック。
アカリは口の端を引き攣らせた。
「ですが、神子様というのはわたくしより立場が上のお方でございます。なので、敬語も必要ございませんわ」
(立場が上かぁ。)
昨日までそこら辺にいる高校生だった自分が、身分制のある世界に来るとは。
アカリはやりずらいなぁと思ったが、
「分かった。カミラがそう言うなら、そうするね!」
郷に入れば郷に従えだね。と、アカリは残りのミルクティーを飲み干した。