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救国の神子と呼ばれた少女の話  作者: 海鳥
第一章 運命の扉が開く音
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5



「おい、アルバート。あんなこと言って良かったのかよ」


深い夜のような紺色の髪を持つ男、イーサンはアルバートに詰め寄った。

青白い顔をした神子を置いて、アルバートの執務室に戻ってきた2人は早速、先程のやりとりの話しになった。


「良いもなにも、別に構わないだろうが」


肩をすくめるアルバートに、イーサンは呆れた顔で返した。

イーサンには、あの光の神子と呼ばれた少年が気の毒でしょうがなかった。真っ青な顔で震える姿は、イーサンの良心を刺激するのには充分だった。


「にしても、言い方ってもんがあるだろう」

「生憎、僕は末っ子でね。子供の相手はした事ないんだ。残念だね」


全くもって残念そうに思っていない口振りに、イーサンは顔を顰めた。

その時、険悪な空気の流れる執務室のドアから軽いノックの音が響いた。


「入れ」

「失礼しますよ。殿下」


扉から入ってきたのは、新緑を思わせる柔らかな緑色の髪を持つ男だった。長い髪は後で緩く結われていて、メガネをかけているその姿から聡明さが窺える。


「光の神子はいかがでしたか?」

「ウィリアム、ご苦労だったな」


ウィリアムと呼ばれたその男は、手に持っていた紙の束をアルバートに渡した。

手渡された資料をアルバートはさっと目を通す。


「今のところ私が見れる資料は、陛下が仰っていた通りでしたね。やはり読めない部分が多々ありましたが」


「そうか。わかった」


アルバートは手に持っていた資料を机に置くと眉間を揉み込んだ。その様子にウィリアムは笑う。


「殿下が変なもの拾ってくるからですよ。犬猫じゃないんだから」

「しょうがないだろう。あの時、僕じゃなくてウィルだったとしても、同じことをしていたと思うぞ」


言い訳をするアルバートに、ウィリアムは肩をすくめた。


「それで、神子はどのような方なのですか?」


「10歳くらいのボウズだ。黒く短い髪色。この辺りでは見ない彫の浅い顔立ち。可哀想に、もう元の国に帰れないと知って、今にもぶっ倒れそうだったよ」


アルバートの代わりにイーサンが答える。


「ただでさえ、いっぱいいっぱいだろうに、どこかの王子様が生活を補償するから、光の神子の茶番に付き合えだなんて脅しやがって」

「やけに肩を持つな。しょうがないだろう。現状を把握してもらう必要があると思ったんだ。だが、あいつもなかなか肝が座っている。あの場でちゃんと帰還の約束まで取り付けてきたんだ。大したものだ」

「変な期待は持たせない方が良いですよ」

「僕はちゃんと、善処すると伝えた」


アルバートは両手を挙げて無実を訴えた。

そのまま執務室のソファーの肘掛けに腰掛ける。


「異国から来た10歳の少年に、この国の負を全てを預けるのは僕は良い策だと思わない。たとえ、陛下がそれを望んでいたとしても」


長い足を組んで、微笑んだ。


「迷い猫を保護したら飼い主に連絡しなくてはね。僕は優しい性分だから」






ネコもとい神子もといアカリは、大きなベッドの端っこで小さな体を更に小さくしていた。


カミラに用意もらった夕飯を、無理矢理に喉に詰め込み腹に押し込めた。味なんて全くわからなかったけど、あれはきっと今までの人生で一番高価な夕飯だったと思う。


夕飯をなんとか腹に片付けると、入浴の手伝いをすると言って聞かないカミラに全力で抵抗した。

なんとか粘り勝ちし、湯の浴び方を教えてもらい、寝る前に温かいミルクを出してもらって、ようやく一息ついたのだった。


カミラは、また明日起床の頃にお伺います。と言って部屋から下がって行った。

そうしてアカリは正真正銘、この大きな部屋にひとりぼっちになった。


日が暮れて、ランプを消されると、部屋は夜の静けさでいっぱいになり、暗闇に飲み込まれそうだった。

窓から見える月は、日本から見た月と変わらないように見える。

アカリは頭の上でたくさん並んでいる枕を一つ拝借して、抱き締めるようにまるまった。


子供の頃はお姫様のベッドに憧れたものだけど、実際に体験してみるとこの広さがなんとも心許ない。

自分の家のシングルサイズの布団が酷く恋しかった。

着ているものにしたって、カミラが用意してくれたこのナイトウェアは、シルク素材でどうにも落ち着かない。

大型ディスカウントショップの、あのグレーのスウェットが着たい。


「夢ならば、どうかこの辺りで覚めてくれますように」


アカリは枕をより強く抱きしめ、そっと息を吐いた。

目を瞑り、もう一度願う。 



目が覚めたら。

あの私の布団の上で、あのグレーのスウェットを着て、いつもの朝を迎えてますように。



薄れゆく意識の中で、アカリはシャリンと鈴の音が聞こえた気がした。





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