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「え?」
アカリが目を覚ますとそこは知らない場所だった。
夢を見てるのだろうか。いや、今目覚めたばかりのはずだ。
寝起きの朦朧とする頭を必死に回転させて状況を確認する。
ここはどこだろうか。
目だけを使って当たりの様子を伺うと、どうやら自分はベッドに寝ていたらしい。パリッと糊の効いた白いシーツが居心地が悪い。
ベッドの大きさも、自分が四人ほど眠れそうなほど広い。ベッドには天蓋があって、薄いカーテンがかかっている。カーテンの隙間から、飴色の家具が見えた。
まるで絵本の中のお姫様が寝ているような部屋だ。明らかに自分の部屋ではない。
こんなところ知らない。
「お目覚めになりましたか?」
「わっ!」
柔らかな女性の声に驚いて、そちらを向けば黒いドレスに白いエプロン、そして白いキャップを被った女性がベッドの側に立っていた。
西洋的な顔立ちの若い女性は、栗毛色の髪を後ろでまとめて、穏やかな微笑みを浮かべている。
アカリは驚いて勢いよく体を起こした。
そろそろと、自分に掛けてあった寝具を口元まで寄せる。
「ど、どちら様でしょうか・・・」
「具合の悪いところはございませんか?」
「え?いや・・・あの」
「喉は乾いてありませんか?」
栗毛の女性は、ベッドの脇にあった水差しから水をコップに注ぐとアカリに手渡した。
「あ、りがとうございます?」
視線を手元の受け取ったコップから女性へ移す。どうやら最初の質問には答えてくれないらしい。
小首を傾げながら笑みを浮かべ続ける女性に、アカリは困惑した。
「・・・ここは、どこでしょうか」
「この部屋は宮殿の来賓室でございますわ」
「宮殿?お城なの?」
家の近くにこんなところあっただろうか。
変わらず微笑む女性の口から聞こえたものは、俄かに信じられないものだった。
「はい。コラクス王国のコラクス宮殿ですわ」
「・・・コラ、クス?」
コラクス王国。
アカリは愕然とした。そんな国、聞いたこともない。
なぜ日本にいたはずの自分が、そのコラクス王国の、しかも宮殿のベッドで眠りこけていたのだろうか。
(何が起きてるの?夢?)
おもむろに自分の頬へ手を伸ばしてつねってみた。
「いひゃい」
つねったところに痛みがある。
(夢じゃない?)
女性はクスクスと笑った。
「詳しい事は陛下からお話があると思います」
「・・・陛下?」
「陛下に謁見なさる前に、お召し替えなさいますか?」
「お召し替え?」
そう言われて、自分の姿を見れば通う高校の制服を着ていた。シャツに、青いチェックのリボン。紺色のブレザーに同じ色のスカート、そして黒いハイソックス。
「い、いえ。このままで」
「かしこまりました。では、わたくしはお目覚めになった事を伝えて参りますので、一度失礼致します」
女性が部屋を出ていったのを確認すると、アカリはそっと天蓋のカーテンから顔を出した。
どうやら、今この部屋には自分しかいないらしい。
恐々とベッドから足を下ろすと、履き慣らしたローファーがある。ローファーに足を突っ込むと近くの窓に寄った。
窓から見える景色は、少し離れたところに分厚い石の壁があり、その向こうでは、青々とした木々が並んでいる。窓から下を覗くと、地面が離れて見えた。
「どう言う事なの?」
誘拐にでもあったのだろうか。
ついさっきまで日本にいた自分を、そんな瞬間的に?
いや、眠っていた間に時間が経っているのかもしれない。
でも、どうやって?
(だって、私はここに来る前に・・・-)
考え込むアカリはまだ気づいていなかった。
明らかに日本人ではないあの女性が、同じ言語で話し、意思の疎通ができていた事を。
ドアを叩く音がして、振り返ると先程の女性が入ってきた。
「もうしばらくしたら、迎えが来ます。摘めるように軽食をお持ちしました。お腹は空いていますか?」
女性が押してきたワゴンの上には、サンドイッチやフルーツが乗っている。
「私、どうしてここにいるのでしょうか?」
「それも陛下からご説明がございます。申し訳ございませんが、わたくしから詳しくお答えできません。さぁ。こちらにお掛けください。お茶もお持ちしました。いかがですか?」
困ったように笑う女性に、アカリは俯いた。
きっとどんなに質問しても、この女性には答えられるものが決まっているのだろう。
もう一度窓の外を見た。
「・・・いただきます」
窓の外は明らかに自分の生まれ育った場所ではなかった。