12
「よくお妃様が許しましたね」
ティールームを出て、先を歩く大公夫妻の背中を見送りながらユーゴは言った。
アレクサンドからは数日前に、ルイーズを娶り生まれる子を自分の子供にすることに決めたと聞かされていた。
アレクサンドの子供ということは、それが男子の場合、ゆくゆくは公太子となり大公となる可能性が高い。
本当の父親も大公の息子であるから血筋的には問題はないが、妃と血の繋がりはない。
だから妃は反対するものだと思っていたのだ。
「殿下が説得したのだ。最後は『ルイーズを娶れなければ一生妃は持たない』と脅しにかかったそうたが」
侯爵が答えた。
「お妃様もルイーズを可愛がっていたからな。……最悪、ルイーズは修道院に送らなければならなくなる。それは不憫だと思ったのだろう」
ルイーズが婚約者以外の男の子供を妊娠したというのは、侯爵家、そして大公家にとっても醜聞であり、秘匿しなければならない。
ルイーズは子供を自分の手で育てることを望んでいる。
親としてはそれを叶えてやりたいが、当主としては子供はどこかへ預け、ルイーズは病気を名目に領地で数年籠らせ、都から離れた家に嫁がせるか修道院へ入れさせなければならないだろう。
こういった場合に令嬢が辿る未来だ。
だが、他の男と結婚したのは自分の意志とはいえ、そもそも被害者のルイーズにこれ以上辛い思いをさせたくない。
アレクサンドの申し出は、ルイーズにとっても侯爵家にとっても最善なのだ。
「しかし……ルイーズは受け入れますかね」
夫が死んで約三ヶ月。
ルイーズは未だに彼を思い続けている。
「それしか道がないのだ、受け入れるしかあるまい」
「意外と頑固ですからね」
「そうだな……誰に似たのだか」
小さくため息をついて、父子は歩き出した。
「ルイーズ。本当にすまなかった」
皆が部屋から出ていくと、アレクサンドはルイーズに向かって頭を下げた。
「私が愚かだったせいで、君に恐ろしく、辛い思いをさせてしまった」
「殿下……」
「私は、初めて会った時から君のことが好きだったんだ」
アレクサンドの言葉に、ルイーズは目を見開いた。
「けれど、自分の気持ちを君に伝えることが怖くて、どう接したらいいのか分からなくて……結果、取り返しのつかないことになってしまった」
婚約者となった最愛の女性を失い、そのルイーズは他の男と結婚し、お腹には男の子供がいる。
いくら後悔しても、時間は取り戻せない。
「――もう、過ぎたことです」
ルイーズはそっと自分のお腹に手を当てた。
「それに、そのおかげで私はあの人と出会い、この子を授かることができました」
視線を落としたルイーズの横顔は、アレクサンドが知るものよりずっと大人びて見えた。
(本当に……ルイーズは綺麗になった)
母親の言葉が棘のようにアレクサンドの心に刺さる。
ルイーズが美しくなったのは、会ったことのない異母兄が自分が与えるべきだった愛情をルイーズに注いだからだ。
どうして自分には出来なかったのだろう。
どうしてあんなことをしてしまったのだろう。
ルイーズが行方不明になってから、毎日後悔し、考えた。
そうして決めたのだ。
過ぎたことは取り戻せないが、これから出来ることをするのだと。
「ルイーズ」
アレクサンドはそっとルイーズの手に自分の手を重ねた。
「償いとして、この子を私に守らせて欲しい」
ルイーズはゆっくりと顔を上げた。
「これから毎日、たくさんの愛を君と子供に与えよう。君が二度と辛い思いをしないように」
「――私は……」
ルイーズはゆるゆると首を横に振った。
「エドを愛しています」
「分かっている」
「殿下にお返しできるものがありません」
「君が側にいるだけで十分だ。これは私の贖罪なのだから」
そう、今はただ側にいてくれるだけでいい。
今はルイーズの心を別の男が占めていても、いつかは彼女の心が自分へ向く日がくる。
それまで、自分はただ彼女を愛し、彼女が一番大切にしているものを守るのだ。
「ルイーズ。どうか私と結婚してくれないか」
自分を見つめるアレクサンドをしばらく見つめ――ルイーズは頷いた。
「それが……この子と共にいられる道ならば。よろしくお願いいたします」
「ああ。ありがとう、ルイーズ。必ず幸せにするから」
「はい」
ようやく小さく笑顔を見せたルイーズを抱きしめたい衝動にかられて――アレクサンドは何とか耐えると、代わりにルイーズの手を握りしめた。