11
「ルイーズ。息災であったか」
私が通されたのは、謁見の間ではなく大公家の居住区にあるティールームだった。
そこには既に大公様とお妃様、そして先に登城していた父が座っていた。
「はい。お気遣いありがとうございます」
「ああ、そんな堅苦しい挨拶はいらぬ」
ドレスの裾をつまみ、膝を折って礼を取ろうとすると遮られた。
「楽にして座ってくれ」
「……ありがとうございます」
「ルイーズ、ここへ」
殿下に手を取られ、ソファへ腰を下ろすと殿下と兄がそれぞれ両側へ座った。
「早速だがルイーズ。そなたのその指輪を見せてもらえぬだろうか」
大公様の言葉に、思わず指輪を嵌めた手をもう片方の手で隠す。
「それは……」
「申し訳ございません、閣下。ルイーズは決してその指輪を外さないのです。どうかご容赦を」
兄が頭を下げてそう言った。
この指輪はエドのたった一つの形見。
指から離してしまったら、エドから離れてしまいそうで……怖くて外せないのだ。
「そうか。ではルイーズ嬢、その指輪の裏側に何か刻まれているのを知っておるか」
「……はい」
「何が刻まれておる?」
「飾りのついたEの文字です」
それは、職人によるものではない拙い手で――大公様自ら彫ったと、エドは母親から聞かされていたという。
Eは大公様の名前、エドワルドの頭文字で、エドの名前はそこから取られたのだと。
「そうか。確かにそれは私があの娘に渡したものであろう」
大公様はそう言うと、私のお腹へと視線を落とした。
「それで、その腹の子の父親の名は?」
「エドと申します」
「エドか。――似ておったか?」
「はい。顔立ちや声はアレクサンド殿下によく似ていて……目は大公様に、そっくりでした」
指輪を握りしめるように手を重ねる。
この二人を見るとエドを思い出してしまう。
本当に……改めて見るとそっくりで――
「そうか……そのエドの母親は?」
「エドが幼い時に亡くなりました。働きすぎで倒れたそうです」
「――頼ってくれとその指輪を渡したのだったがな」
「頼れるはずもありませんでしょう」
それまで黙っていたお妃様が口を開いた。
「もしもあの女が赤子を抱いて目の前に現れたら、親子共々どうしていたか分かりませんわ」
私は思わずお腹に手を当てた。
「妃よ……子には罪はないぞ」
「あの頃に現れたら、という話ですわ。今は私も年を重ねて寛容になりましたもの」
そう答えて、お妃様は私を見た。
「ルイーズ。愚息のせいであなたには苦労をさせました」
「……いえ」
私はそっとお腹を撫でた。
「確かに、色々ありましたが……夫と出会えて、この子を授かることが出来て幸せです」
エドが死んだことは、とてもとても辛いけれど。
それでも短かった結婚生活は幸せで……あの思い出だけでこの先も生きていけるのだと、そう思う。
「そう。良い夫でしたか」
「はい」
「アレクサンド」
お妃様は殿下へと視線を移した。
「お前はルイーズにとって、良い婚約者ではなかった。それは分かっていますね」
「……はい」
「女は愛されただけ幸せになれるし美しくなる。そして今のルイーズは以前よりずっと美しくなった。この意味も分かりますね」
「はい」
殿下は深く頭を下げた。
「己の非力と愚かさを痛感しております」
「それが分かったのなら、間違っても父親のような過ちはしないように」
「勿論です」
「あー。それでだ」
ごほん、と大公様は咳払いをした。
「侯爵には先程伝えたが、ルイーズの今後についてだが」
「……はい」
ぎゅっと自分の手を握りしめる。
「アレクサンド、お前から伝えよ」
「ルイーズ」
殿下が固く握りしめた手を解すように取った。
「私を、君のお腹の子の父親にしてくれないか」
「え」
私は顔を上げた。
「私が君にしたことは許されるとは思っていない。けれど私は君を愛している。君と君の子供を守りたいんだ」
エドとは違う、お妃様に似た瞳が私を見つめていた。
(父親? それって……まさか)
「その子は私の血を引く。どこかへ養子に出すにも庶民とするにも、いつか問題が起きるであろう」
大公様が言った。
「どう扱うか考えあぐねていた折、アレクサンドから申し出があったのだ。元の予定通りそなたと結婚し、生まれる子を自分の子にすると」
「……でも私は」
「ルイーズ」
父が口を開いた。
「お前が生まれてくる子供と共に生きるには、それしかないんだよ。分かるだろう」
「それは……」
分からなくは……ないけれど。
「いきなりやはりアレクサンドと結婚しろと言われても戸惑うでしょう」
お妃様が言った。
「そうだな。二人で話をするといい」
大公様の言葉で、私と殿下を残して他の人たちは部屋を出ていった。