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(まさか……また登城する日が来るなんて)

馬車の窓から城を護る堅牢な城壁を眺めながら、私はそっとため息をついた。


マクシム様に見つかり、家に戻されて三ヶ月。

私は大公様に呼び出され城に向かうことになった。

きっと、お腹の子の父親についてだろう。

ゆったりとしたドレスを着ても分かるようになってきた、膨らんだお腹を撫でると中で動くのを感じる。


この身体は安定期に入ったそうだ。

あれほど辛かったつわりも収まり、身体は重く感じるけれど体調は安定している。

――私の心はエドが死んだあの時のままだけれど、この子は確かに成長しているのだ。


あの夜のことは、まるで悪夢のようで……目を覚ませばまたあの小さな家にいて、隣にエドがいるのだと、そう願いながら眠りにつくのだけれど。

朝目覚めても、私がいるのは子供の時から暮らした豪華な侯爵家の部屋で。

悲しみから一日が始まるのだ。




「ルイーズ。気分は悪くないかい」

向かいに座った兄が尋ねた。

「はい」

「今日の謁見にはアレクサンド殿下も同席するが。大丈夫かい」

「――はい」

「無理をしなくていいんだよ、断ることだって出来るんだから」

「いいえ、お兄様。大丈夫ですわ」

私は笑顔を作ってそう答えた。


私と殿下の婚約は、未だ解消されていないという。

――私は既に結婚しているのに、どうしてなのか兄に聞くと『まあ……殿下も未練があるんだろう』と困ったように答えた。


殿下は、本当は私のことを好きだったらしい。

けれどそれを私に伝えられなかったと。

殿下ほど優秀な人が、どうして出来なかったのか……私のことを好きなら、どうして他の人に口づけたのだろう。

それを今考えても、もう過ぎたことなのだけれど。



(私はこれから……どうなるのかしら)

そっとお腹を撫でる。


家にとって、私は不名誉で迷惑な存在のはずだ。

だから家を出て行くと言っているのだが、両親も兄も『お前は大事な家族なのだから心配しなくていい』というばかりだ。

本当は……私はエドと暮らしていたあの家に帰りたいのだけれど。


あの時拘束されたエドの仲間たちは、半年の懲役で解放されたというから今はもう村に帰っているだろう。

ダリアも、本来ならば義賊を匿っていた罪に問われるところを、私を保護していたという温情ですぐに解放されたという。


あの村に帰りたい。

皆に会って、エドにお腹の子は順調に成長しているのだと報告したい。

そうしてそのまま、あの村で子供を産んで、エドの側で育てていきたい。


エドの……遺体は、村にある墓地に埋葬されたと兄経由でマクシム様が教えてくれた。

あの日、マクシム様たち騎士団は、農場で働く人々が奴隷同然の扱いを受けている件で男爵を拘束しに行ったのだという。

そこへエドたち義賊が現れたのだと。


義賊の存在は貴族の間で問題視されており、これを機に拿捕しようとあえて指揮していたエドのみを傷つけ、彼らが逃げる跡を追っていたのだという。

――その逃げた先に私がいたとは思いもよらなかったそうだ。


私は表向き、あの日馬車が襲われたものの、無事に領地へ辿り着いたことになっているという。

そして体調を崩してそのまま領地で静養していると。

だから今日の謁見も極秘なのだ。


この謁見後、私は本当に領地へ戻ることになるだろう。

そうして向こうで子供も産んで……その後のことは、父たちもまだ決めかねているようだけれど。

(この子と引き離されることだけは――絶対にいや)

そっとお腹を撫でていると馬車が止まった。




兄に続いて馬車を降りようとすると、そこに殿下が立っていた。

「ルイーズ……久しぶりだね」

私と視線を合わせると、殿下はその表情を和らげた。

それは公太子としてのよそゆきの顔ではなくて、心から嬉しそうで。

――今まで、こんな笑顔を向けられたことがあっただろうか。


私へ向かって差し出された殿下の手を取るべきか迷い、兄を見ると頷いたので殿下の手に自分の手を重ねた。


「ありがとうございます、殿下」

「……アレク様と呼んではくれないの?」

悲しげな表情でそう言われても、今の私は……。

「私たちは婚約者なんだよ」

殿下の言葉に息を呑む。


「それは……」

「父上が待っている。行こうかルイーズ」

ぎゅっと私の手を握ると殿下は歩き出した。

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