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ロスト・スキル・マスター  作者: 御影
第一章 チートなんかない
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あれ…?

一年経ってる…?

どこに消えたの私の一年!

すみませんでしたぁッ!

「あーはっはっは! それでそんなシケた顔してんのか!」

「笑い事じゃないですよぅ、ホントに …」

 朝やってきたイオリのあまりに生気の抜けた顔に驚いて理由を問うたムガノは、経緯を聞いた途端に大笑いした。

「まあ、アイリは特に押しが強いからなあ。田舎のおかみさん連中は気弱じゃやっていけん。うちのもおっかねぇぞ~?」

 がははと笑いながら背中をバンバン叩かれて、イオリは力なく笑い返す。

「女性がたくましいのは知ってますって …。奥さんの尻に敷かれてるのが夫婦円満の秘訣ですよ」

「お前 …15やそこらのガキの言う事じゃねぇぞ …」

 イオリは、思わず出てしまった前世の経験則にドン引きされて、ゴホンと咳払いした。

「いやその … 旅の間にいろいろ見てきましたからね、ハイ」

「一人立ちが早いのも考えもんだな …」

 もうちょっと若ェうちは夢見とけよ、とこぼされて、イオリは思わず「すみません …」と目を逸らした。

 とはいえ、家と家の結びつきが強い村だと、よその家庭環境なんて丸見えだ。田舎の子ほど現実を見ているものはいないだろう。少なくとも、結婚にお花畑な夢を見がちな都会っ子よりはよほどシビアだ。それでもいざ自分が親になってみると、子供には夢を見ていて欲しいのかもしれない。

「それで、ですね。今日はタラムさんとツタ集めに行った後おかみさん達につかまりそうなんで …」

「ああ、判った。俺としても根っこのとこが判ったからな、色々試しておく事にする。手が空いたときにでも見てくれや」

「そうしていただけるとありがたいです」

 そしてイオリは、この後タラムにも笑われる事になるのであった。


 ひとしきり笑い話を済ませると、タラムはイオリが心配していたことに気づいたのか、指竹を使った小物作りに難色を示した。

「下手すると、廃棄物救済のため、が、逆の結果になる、という事ですよね。なので、別の物を試してみました」

 イオリは、どこからともなく策や作った篭を取り出してタラムに見せた。一瞬「どこから出したぁ!」とツッコミかけたタラムだったが、顔前に差し出されたそれに目を奪われてツッコミを飲み込む。

「―― 考えたな」

「まあ一時しのぎになるかもしれないですけどね。大物作るなら別の木材の方がいいでしょうし。で、良ければその辺の事を教えてもらいつつ、採取を手伝ってもらえませんか?」

 タラムは、一も二もなく頷いたのだった。


 そそて昼前に2人で山盛りツタを採取した後、彼らはタラム宅ではなく何故か村の集会場に向かった。そしてありったけのタライに水を張ってツタを沈め、アイリ達が集まってくるのを待つ。

 籐籠編み教室の始まりである。

 とは言っても、元々自宅用に指竹細工を日常的に作っている彼女達だから、習得は早い。そう、彼女「達」なのである。村のおかみさん連中、娘連中がこぞって習いに来たのだ。これには聞いていなかったイオリも愕然としたが、驚きから覚めてからは一転してニコニコと嬉しそうに教え始め、様々なバリエーションを披露していく。ついでにと参加したタラムも熱心に手を動かしていたので、この村の手仕事は廃れるどころかこれから発展していくかもしれない。そう思うと、イオリの口元から笑みが消えることはなかった。

「ねえ、お兄ちゃん」

 皆が基礎を飲み込み、自作に熱中し始めた頃、やっと手が空いたイオリがそばの井戸から水を分けてもらっていると、まだ幼い女の子が2人、不思議そうに話しかけてきた。

「お母さん達、皆して何してるの?」

「ああ、あれかい? ツタを使った籠作りだよ。冬の手仕事になるはずだ」

「あれが?」

 こてり、と揃って首を傾げる様子に微笑みながら、イオリは2人を伴って女性陣の方に戻る。

「あれはね、僕の故郷では古くから、それはもう気が遠くなる程古くから作り続けられてきたものなんだ。とても便利だし、見た目も綺麗だろう?」

 椅子の1つに腰掛けながら、熱心に籐籠を編む女性陣を見やり、それから彼の前に仲良く並ぶ幼女達にふわりと笑いかける。

「だからね、こうやって皆に伝える事でずーっと続いていって欲しいんだ」

「続くと、何かあるの?」

 こてり、と右の幼女が首を傾げる。

「何かあるとはっきり言えないけどね。でも一回消えて忘れられちゃうと、もう戻らないものもいっぱいあるんだよ。だから僕は、できるだけたくさんのスキルを知りたいし、皆に伝えていきたいんだ」

 こてり、と今度は2人揃って首を傾げられて、イオリは苦笑する。

「えーと、例えばの話、君が ―― お名前は?」

「あたし、エリイ!」

「ケイトだよ!」

「あはは、エリイちゃんにケイトちゃんだね、ありがとう。僕はイオリ。改めてよろしくね? それでね、例えばの話、エリイちゃんが水のスキル、ケイトちゃんが火のスキルを持ってるとする。あくまで例えば、だけどね。で、もしそのスキルを持ってたら、君達に何ができると思う?」

「んーと、水が出せるなら水汲みしなくていい!」

「あたしはかまどに火を点けられるよ!」

 途端に飛び跳ねんばかりに嬉しそうな声を上げる2人に、イオリは微笑む。

「じゃあね、もし2人が手をつないで一緒にスキルを使ったらお湯が出せるってなったら、村の皆は喜ぶよね」

「… かな?」

「… かも?」

 また首をかしげるエリイとケイト。

 実際、ガスも電気もなしにすぐ湯を得るのはなかなか難題だ。水は汲んでこなくてはいけないし、火だって起こさねばならない。火起こしは地味に重労働だから、大抵の家では夜にかまどの灰の中に小さな火種を残し、翌朝に備える。そんな苦労もなしに湯が手に入るのはありがたい事だろう。

「うん。皆、簡単にお湯が手に入れば水も汲んでこなくていいし、薪を作らなくてもいいから嬉しいよね だから君達がお湯を必要なときに『えいっ』て出してくれたらお礼に木の実とかおやつをくれるかもしれない」

「おやつ!」

「おやつ欲しい!」

 イオリは、もう一度例えばの話だからね、と念を押し、続けた。

「でももし、エリイちゃんが隣村に引越しちゃったらどうなると思う?」

「お湯出せなくなっちゃう」

「おやつもらえなくなる?」

「そうだね。水だけなら汲んでくればいいし、火だって火種を絶やさなければいい」

 望む結果が出なければ対価は得られない。そうするうちにそのスキルは役に立たないもの、あっても邪魔なもの、いらないものへと追いやられ、忘れられてしまう。

「だけどさ、忘れられちまうぐらいのスキルなら、別になくなってもたいした事じゃないだろ?」

 いつから聞いていたのか、女性陣の殆どが手を止め、イオリ達を見つめていた。おそらく全員の思いであろうそれを口に出したのはアイリだ。

「でもアイリさん。せっかく水と火のスキルを持ってても、それを知らなきゃその人達は結局水を汲んで火を起こさなきゃいけないんですよ? もし誰か知ってたら、そんな苦労はしなくていいのに?」

 日照りで井戸が涸れたら?

 大水で火種が全部消えたら?

 いざその時に切望しても、忘れ去られたスキルは戻ってこない。

 イオリは、この言葉に唸ってしまった女性陣を見やって柔らかく笑んだ。

「だから僕は、生来のものでも努力によるものでも、とにかく技術スキルというスキルを集めて、記して、残したいんです。後世のために」

 それこそが彼、イオリの転生理由。 

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