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ロスト・スキル・マスター  作者: 御影
第一章 チートなんかない
6/7

 ムガノは、朝から村長を伴ってやって来たイオリが挨拶もそこそこに差し出した物を見て固まった。

「おい …」

 ようやくのていで絞り出された彼のその声に、イオリの笑顔が翳る。

「あれ、ダメでした? わりと上手くできたと思うんですが …」

「何をどうしたらこうなったぁ!」

「ええッ !?」

 凍結フリーズからの急炎上ファイヤー

 勢いよく天を仰いで頭を掻き毟ったムガノは、次の瞬間にはイオリの胸倉をつかんでいた。

「指竹だよな !? 昨日持って帰ったの、指竹だよな !? それがなんでこんな物に化けるんだ !?」

「ちょ、ムガノさん落ち、落ち着いて!」

 がっくんがっくん揺さぶられ、まともに喋れないイオリと、興奮しすぎてもはや怒ってるようにすら見えるムガノを見比べて、村長は溜め息をつく。

「落ち着けムガノ。それは」当に指竹の中身に皮を巻き付けたものだ。作ってるところは儂が全部見ておった、間違いない」

「なんだとぉ !?」

「落ち着けというに」

 村長はムガノの手からイオリのシャツを抜き取ると、2人の間に立った。その間に呼吸を整えたイオリが、改めて持参した品を紹介する。

「正真正銘、何から何まで指竹でできた『小物トレー』ですよ」

 そう言って差し出されたのは、カトラリー入れ程のサイズの籠に大きく半円を描く持ち手のついた物だった。が、籠の骨組み部分と持ち手は太く、その周りは指竹の外皮でびっしりと巻いてある。作る時にイメージしたのは、日本の食堂などでよく見かける調味料トレーだ。さすがにこちらにあのガラス製の塩入れやソース差しなどはないから、近いものでカトラリー、もしくは木のコップ等を入れられるように、あれよりは大きなサイズで作ってある。

「よく水を吸わせた指竹の中身で骨組みと持ち手を作って、乾いても折れないようにぐるりと皮を巻き付けてあります。ひとまず試作なので底しか付けていませんが、コップなんかを入れるならこのままで、カトラリーなんかを入れるなら横部分にも指竹を編み込めばいいかな、と。こういった小物の骨としてなら指竹の中身もむやみに捨てずに使えると思いませんか?」

 むしろ、十分に水分を吸わせておけばワイヤーのように簡単に曲げられる分、気よりもずっと細工しやすい。使用に足る物となれば、この村の新しい商品になるのではないだろうか。

「このトレーは一例なので、いくつか別の物も作って試してみたいんですよねえ」

「そっちはタラムに頼むことになっているからな、まだ指竹が残っておるなら分けてくれんか?」

「なっ、なっ、なんでタラム !?」

 イオリは、背中に落雷カットでも背負っていそうな程ショックを受けているムガノに苦笑した。

「ムガノさんには籠編んでもらわなきゃいけませんし、それとこの細工はどちらかというと大工仕事に近いですから」

「それで儂がタラムを推薦したんじゃ。あいつは椅子やら棚やら作るのが上手いからな」

 ムガノは2人の言葉にぐぬぬ、と唸った後で大きく息を吐いた。がくり、と肩が落ちる。

「それなら仕方がないな。確かにその手の事はタラムの方が上手い」

「納得したところで、昨日イオリに教えてもらった籠編みってのを見せてもらえるかい?」

 村長の目が妖しく光る5秒前であった。


 指竹の群生地を丸裸にするわけにいかない事、そして行商人と交渉が必ずしも上手くいくとは限らない事を理由に、昨日2人で採ってきた分だけで作ってみようという話し合いの後、イオリと村長は次にタラム宅へと向かった。

 タラムはまだ若い男だった。畑仕事の手を休ませての話し合いは少々難航したが、冬に出稼ぎに行かなくていいという点が大きかったらしく、ようやく頷いた。

「実はな、タラムはこの秋結婚するんじゃ。手先が器用というのも間違いじゃないが、新婚早々出稼ぎに行くのもかわいそうじゃろ?」

と、後でニヤニヤと笑いながら種明かしをする村長はまさしく狸であろう。なにせ、新妻を餌に、新しく、まだ売れるかどうか判らない商品の開発と制作をまんまと了承させたのだから。

 ともあれ、了承したタラムに試作品を渡し、昨日イオリの分として取り置きしておいた指竹の中身と外皮を使って好きに細工してくれるように依頼する。最初こそ渋々と聞いていたタラムだったが、次第に興味を引かれたのか、2人が帰る頃には笑顔で見送ってくれた。

「礼を言うよ、イオリ。これで今年の冬仕事はいつもより金になりそうじゃ」

 村長は、自宅に戻る道すがら隣を歩けく少年にしみじみと告げた。しかしイオリは、それに苦笑を返す。

「まだ確約された話じゃないですけどね。それと、指竹以外の材料を探した方がいいかもしれません」

 元々は指竹の廃棄部分がもったいないと試作してみた物だ。しかし、骨組みを補強するにも指竹の皮を使ったのでは、今度は籠用の皮がなくなってしまう。モデルは籐細工なのだし、理想は指竹で骨組みを、他の素材でその補強をする事だが、そんな都合のいい素材がそうそう見つかるかどうか。

「この辺りで蔦みたいなものが生えてる所ってあります?」

「うん? 儂は知らんが、森に入る者なら知っているかもしれんな」

「じゃ、僕、様子見がてらムガノさんに訊きに行ってきます」

「儂の方でもアイリに訊いておこう」

「ありがとうございます」

 イオリは、鷹揚に請け負ってくれた村長にぺこりと頭を下げると、小走りでその場を立ち去った。


 それから数刻後、両手いっぱいに何か蔦状の物を抱えて戻ってきたイオリは、あらかじめ借りておいたたらいに水を張り、それらをしっかり漬け込んだ。これで半日も置いておけば外皮を剥げるはずだ。芯の部分だけと、外皮アリの状態で2種類試作してもいいかもしれない。興味津々でたらいを覗き込んでいる村長夫妻に苦笑しつつ、またムガノ宅へ向かう。昨日の興奮ぶりを思い出すに、少々不安にもなるが、気持ちは判るので止める気はない。

 結局、ムガノと共にまた夕食の時間だと怒られるまで試作品作りに没頭したイオリであった。


 村長宅に戻り、夕食後に早速蔦の加工に取り掛かれば、昨日と打って変わって歓迎ムードで台所を提供された。

「さあ! 何を作るんだ?」

と、目を輝かせる村長に気圧されながら蔦の状態を見れば、うまい具合に外皮がやわらかくふやけている。ナイフで切れ目を入れて引っ張ってみればスルスルと、まるで靴下のように簡単に剥けた。

「皮剥ぎは楽に出来そうですね」

 とりあえず、蔦1本分の外皮を剥き、つるりと出てきた芯部分を確認すると、触感からしてもラタンに似ていた。

「丸籠でも編んでみるかな」

 芯骨用にカットしたら足りなくなったので残りの蔦も半分程外皮を剥いて準備する。10本用意した芯骨を5本ずつにして交差させれば、あとは一番基本的な籐籠編みだ。長いままの蔦を芯骨にぐるりと巻き付けてから5本組だった芯骨を1本ずつ上下交互にくぐらせていけば、次第にコースターのような円形の物が現れる。その直径が自分の手のひら大になったところで一旦水に沈め、良く湿らせてから今度は芯骨を立ち上げながら編み進めた。ふと思いついて、1本目を編み終えたら今度は外皮が付いたままの蔦を継いでそのまま編んでみる。

「なんで皮を剥かないんだい?」

 みるみる形作られていく丸籠の作業工程をポカンと口を開けて見ていたアイリがハタと気づいてそう尋ねると、

「外皮アリとナシの2種類を作ろうと思ったんですけどね」

と、手を止めずイオリが答える。

「ちょっと材料が足りないかなっていうのと、1つで2種類の材料を使えば試作品作るの、1つで済むかなーと」

 なるほど、と村長夫妻が頷いている間に丸籠はするすると深さを増していき、2本目の蔦が編み終わったところでイオリの手が止まった。

「よし、とりあえずこんなもんかな」

「たいしたもんだねぇ。こんな編み方見た事ないよ」

「基本は簡単なんですけどね。とにかく、これで一晩くらい置いて乾燥後の強度を確認しますか」

 これが籐細工のように使える物になれば色々と特産になるだろう。そうなればまた別の人に編み方を教えればいい。これは女性の方が向いているかもしれないが、その辺りの人選なりは村長に任せておけば問題ない。というか、今もアイリが目を輝かせて籠を手に取り舐めるように眺めている。

「これ、あれだろ? 森にうじゃうじゃ生えてる蔓。あの邪魔なやつがこんな物になるなんてねぇ」

「それは明日の結果次第ですね」

 そう答えながらも、イオリにはたぶんうまくいくだろうという確信めいた予感があった。

 そして明朝、それは証明される。

「―― うん、大丈夫そうですね」

 一晩経って水気が抜けた蔦製の丸籠は、指竹の芯のようにもろくなる事もなく十分使用に足る強度をみせた。

「これなら昨日作ったトレーに使っても大丈夫ですね」

 満足げに小さく何度も頷いたイオリは、じゃあ早速、と丸籠を手に出掛けようとして ―― がしり、と肩をつかまれた。

「ちょっとお待ち? その前にちょっと私と話し合おうじゃないか」

「ア、アイリさん …? えと、何でしょう?」

 きゃー。

 いくつになっても、たとえ転生したとしても、「おばちゃん」という生き物には勝てないと知るイオリであった。

すみません、たいへん遅くなりました!

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