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ロスト・スキル・マスター  作者: 御影
第一章 チートなんかない
5/7

 ムガノ宅をお暇し、村長宅に戻ったイオリは、昼の軽食をつまむのもそこそこに、集まってきた奥様方に山中へと連行された。朝の約束をちょっと忘れかけていたイオリは苦笑しつつそれに従う事に。誰も採ろうとしていなかったおかげで薬草、香草はすぐに山程集まった。が、たまたまこの辺りのものに類似する毒草はなかったけれど、万が一のために一筆したためてアイリに渡しておこう、と心に留めておく。

 村に戻り、採った薬草の処理まで教え終わってから、イオリは再度ムガノ宅を訪れた。

「すみません、遅くなりました」

と、一旦辞去した際に言われた通り、直接作業小屋に顔を出せば、早速籠を編んでいたムガノが「おう」と応えた。

「村長んとこのアイリが相手じゃしょうがないだろ。ありゃあ人を使うのが滅法上手いからな」

 呵々と笑い飛ばす辺り、彼にも身に憶えがあるようだ。そして網かけの籠を横に置いたムガノは、隣に座ってきたイオリに身体ごと向き直った。

「で? お前の言う新しい編み方ってのは?」

「そうですねぇ …」

 イオリは軽く天井を仰ぎながら、自身の知る竹籠の技法を思い返して小さく唸った。

 ゴザ目編み、四ツ目編み、六つ目編み、網代編み、ざっと思い返しただけでもこの代表的な模様があるが、ゴザ目編みは縦の竹の幅が広くないといけないので、現状すべて同じ幅に処理してしまった以上これは無理だ。残り3種類どれにするかはムガノに選んでもらうべきだろう、と結論づけて、イオリは期待顔のムガノに向き直った。

「あのですね、今パッと浮かんだだけでも4種類あるんですが ―― 」

と、まずさっきまでムガノが編んでいた籠を指し示す。

「1つ目のゴザ目編みってのはこの平編みと殆ど変わりません。この縦の指竹の幅を大体倍くらいにして編むやり方です。あと3つは … あー、実物見せた方がいいですね。少し指竹を分けてもらっていいですか?」

 イオリは、言うが早いかその辺に落ちていた指竹の切れ端を拾い上げると、慣れた手つきでそれを交差させていった。見る間にコースター大の「見本」が完成する。

「まず、この四ツ目編みですが、見ての通り指竹を斜めに交差させて編みます。その際わざと隙間を空けますがそれが四角い「目」なので四ツ目編みと呼ばれています」

 底面に対して、縦横の編み目が斜め45度になる点と、等間隔に空く隙間がいかにも涼やかな技法である。この隙間の大きさの違いでまた細かく名称が変わってくるのだが、そこはまあ置いておく。

「隙間が空いてますが、強度はさほど落ちません。だからこれまでのように籠を編むも良し、窓なんかの目隠しにも良し、の編み方ですね。基本はムガノさんがこれまで編んできたものとあまり変わりません。そして ――」

 すい、と動くイオリの指先を追ってひん剥かれたムガノの目も顔ごと動く。

「こっちが六つ目編み。これは縦横の他に斜めの計6本で編んでいく技法なので、少しコツをつかむまでがたいへんかもしれません。全体の強度も落ちますので小箱なんかに向いてます」

 こちらもポピュラーな編み技法で、別名籠編みとも言う。こちらも隙間が六角形なので六つ目というのだが、どちらかというと竹部分が六芒星風になるのが目を引く、現代日本では和紙を敷いててんぷらの盛り付け皿代わりに使われている事も多い、やや鑑賞よりの編み方である。

「そして最後のこれは網代編みといいます。見ての通り詰めて編みますので強度はありますが、縦の芯がない分平編みには劣ります」

 斜めに組まれた編み目が矢印にも見える網代編みは、イオリの言う通り見た目はしっかりしているように見えるがあまり重い物を入れるには向かない。弁当箱や文箱といった使い方が一般的で、間違っても大量の芋や根菜を入れる籠向きではない。

「他にもいろいろ編み方はありますが、目新しいものはこの辺りかと。で、どれにします?」

「どれ … ?」

 てっきり3つとも教えてもらえるとばかり思っていたムガノは、その言葉にきょとんとしたが、対するイオリは肩をすくめて笑った。

「そりゃマスターできるなら全部と言わず教えますけど、僕もここにずっと居るわけにはいきませんからね」

「そ、そういえばそうだな。すまん、うっかりしてた」

ムガノは恥ずかしそうに白髪混じりの頭を掻くと、3つの見本をじっくり見比べて網代編みを指さした。

「こいつを頼む。これが一番判らん」

「まあ、そうですよねぇ」

 編み目の並びが連続する三角形というか、矢印というか、とにかくパッと見て編み方が即座に判る者はあまりいないだろう。何でもそうだが、ひとつひとつの行程そのものは何ら難しいものではないのだが。

 イオリは、それじゃあと練習用に指竹の端材を集めようとしたのだが、ムガノがそれを制し、新しい物を手に取った。

「最初の手本になる物だからな。ちゃんと1つの道具として完成させたい」

 確かに、とイオリは頷いた。ハンドメイドに限らず、初心者が長続きしない原因がそれなのだ。いつまで経っても完成が見えなければ挫折も飽きもする。女子高生がいきなりセーターに挑戦した結果、放り出し、編み物嫌いになってしまう、そんなよくある光景を想像してもらえば判りやすいだろうか。簡単な、小さな物でもいい。完成させたという達成感が持続力とさらなる興味・好奇心を生む。イオリは、長いハンドメイド歴からそれを熟知していた。

 ムガノは、この村の籠作り名人かもしれないが、それ一本で食ってる職人ではない。だから、極論から言えば「判らん、まあいい、俺には俺のやり方があるし、できなくて別に食うに困るわけじゃない」と投げ出したとて誰にはばかる事はないのだ。四つ目編みまでなら自力で辿りつけるのかもしれないのだし。

 まあそういった、小難しい理屈を抜きにして、素直に「完成させられたら嬉しいよね!」という思いもあるが。

「じゃあ、何か小物を作ってみましょうか」

 まず、指竹を適当な長さで切った物を数十本用意し、そこから10本取って縦に隙間なく配列する。イオリは、対面に座ったムガノから見て一番左端の指竹を指さした。

「教えやすいので、ひとまずこの縦軸を左から1、2、3、と番号で呼びますね。ではまず『横』を1本、2本飛ばしで入れて下さい」

 1、2の上から差し入れた横糸に当たる指竹を、今度は3、4の下をくぐらせ、また5、6の上を通って9、10の下に入れる。決して難しい工程ではないので、指竹細工に慣れたムガノの手は、イオリの言葉が終わるのとほぼ同時にそれを終了させた。

「次、2本目。今度は1本ずらして同じ事をします。1をくぐって2、3の上を通り、5、6をくぐる。3本目以降も同じです。1本ずらして2本飛ばすその繰り返しです」

 最初こそ怪訝そうな表情を浮かべていたムガノだったが、編み段を重ねていくにつれて現れてきた模様に、それはたやすく驚きに変わった。

「こいつぁ …!」

「ね? タネを明かしちゃえば簡単なんですよ。でも注意点もあります」

 イオリは、ムガノの注意を引くべく顔の前でピッと人差し指を立てた。

「ひとつは使う指竹の幅をできるだけ揃える事。まあムガノさんの腕なら問題ないでしょうが、揃っていないとこの模様が段々ずれたりして歪んでいきます。二つ目はですね」

と今度は立てていた指でムガノの編み地をトントン、と叩いた。

「極論から言うと、この編み方は今のように地の一番上から編んでも、中心から編んでも構いません。ですが製品として組み上げた時に模様が上手く生きなかったりしますので、作る物によって変えた方がいいかもしれません」

 そして両手の指で四角い枠を作ると、それを通して編み地が見えるようにかざした。

「小物の時は中心から編んで、こんな風に枠取りしてみるといいかもしれません。箱型にする場合はどのみち縦軸を立ち上げるわけですし」

「―― なるほどなあ。言われてみればそっちの方が無駄もないし見せたい部分を持ってくる事もできるな。色を変えたりしてな」

「そうですね。大きな物になればそこまで気にならないかもしれませんが、小さいと目立ちますしね。ところで、どうやって着色を?」

 さらっと聞き流したようで実はしっかり聞きとがめていたイオリに、ムガノはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

「じゃ、『交換』しようぜ? その中心から編むやり方と、そいつとをよ」

「 ―― !」

 してやったりという笑みといい申し出といい、お株を奪われたイオリは、一瞬固まった後、苦笑とともに息を吐いた。

「参りました」

「よし、早速やろうぜ!」

 ウキウキと指竹の用意を始めるムガノ。イオリは、そんな彼を見て口元を緩める。

 物作りは、ある種の人間にとっては何よりの娯楽だ。一見めんどくさそうに見える作業ひとつひとつが楽しくてならない。それは作る物の完成が見えてワクワクする高揚感であったり、できた物を他人が使ってくれたり気に入ってくれたりする充足感であったり、ただただ満たされる達成感であったり。それを知るのは何も名の知れた名工や料理人だけではない。彼のような村人だったり、手ほどきを受け始めたばかりの少年少女だったりと、すぐそばの隣人だってこうやって目をキラキラさせ、楽しんでいる。

〝ああ … いいなあ〟

 同行の士を得たような、新たに門戸を叩いてきた後輩を見るような、ほっこりとした温かさは、何ものにも代えがたい、と実感する。

 そしてイオリは、せかすムガノに応えて次々と知識と技術を披露するのだった。


 この手の人種にありがちな「没頭しすぎて時間を忘れる」を見事に体現していた2人を今強制終了させたのは、夕食だと呼びに来たムガノの家族であった。

「父ちゃん、スープが冷めちまうだろ? いい加減にしなよ」

と、まだやると言ってきかないムガノを引きずっていく息子に挨拶して、イオリも村長宅に戻る。こちらも迎えをやろうかと思っていたと笑ったアイリは、次いで帰宅してきた少年の格好を上から下まで見回した。

「一体何もらってきたんだい?」

 そう眉根を寄せられるのも道理、イオリは右手に指竹の皮、左手にその中身をそれぞれ輪にして束ねたものを携えていたのである。少々試作用にと答えれば、仕方ない子だねえと言わんばかりに大きなため息をつかれた。

「まあ、あんまり汚さないでね。あんたが作る物なら面白い物になりそうだしね」

「はい。基本裏庭か水場で作業しますので」

「そこまでうるさい事は言わないよ。さ、食事にしよう」

 イオリは、村長夫妻との和やかな夕食を済ませると、早速まだ日が残るうちにと指竹の中身の方の裁断に取り掛かった。ムガノ宅に居た間十分に水分を含ませてきたので、途中でポキポキと折れる事もなく希望のサイズにカットできた。それを今度は借りてきた手桶に中でまた水に漬けつつ家の水回りに移動する。さすがに日が落ちてしまったので灯りが欲しい。

「それで何を作るのかの?」

 興味があったのか、白湯を飲みながら待っていた村長は、戻ってきたイオリの手元を覗き込んだ。

「こいつは指竹の中身か?」

「ええ。焚き付けにしかならないと聞いてもったいないなって」

 言ったそばから裁断した指竹を組み立てていくイオリを見ていた村長は、それが形になっていくにつれて身を乗り出してきた。

「指竹の中身なんぞ、本当に捨てるばかりだったが、それは面白いな」

「乾くと折れやすいと聞きましたんで、大きい物は無理ですが」

「ふむ、そのくらいなら使い物になるかもしれんの。それもムガノとやるのか?」

「さて、どうしましょう?」

 イオリは手を止めると、首を傾げた。何しろ今日の様子からして彼は指竹編みに夢中だ。こっちにまで手が回るだろうか? 大体これは別々の専門職の仕事だし、時間も足りないだろう。そう考えての返事だったのだが、村長はそれを駆け引きと受け取ったらしい。

「よし、判った! その手の仕事が上手い奴を連れてくるから教えてやってくれ! そいつが仕事を憶えるまでお前の面倒はウチで全部見てやる!」

「ぅえっ !? それはありがたいですけど、これまだ試作ですよ? 実用に足るか試してからじゃないと …」

「無論そこからでいい! よし、交渉成立!」

 冬の農閑期仕事で新しい収入に結び付きそうだと食いついた村長の勢いには、中身が押しに弱い日本人であるイオリに勝てる余地はなかった。

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