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ロスト・スキル・マスター  作者: 御影
第一章 チートなんかない
4/7

「スキルの交換だぁ?」

 ムガノは、目の前の少年の突拍子のない提案に渋面を作った。

「バカ言ってんじゃねぇ。交換できるもんじゃねぇだろ」

「生来の能力スキルはそうですよね。でも僕が交換したいのは『技術』の方です」

 持って生まれた『才能』という意味のスキルは当然交換はできないが、『技術』なら教え合うという意味の交換は可能だ。ムガノは、合点がいったのか数回頷くと、今度はその交換するスキルの事で首を傾げた。

「しかしなあ、交換ったって何を交換するんだ? お前、ホントは自分でも籠が編めるだろ?」

「あれ、バレました?」

「まあな。籠より指竹の方に気ィ取られてたからな。指竹の群生地でも訊いて誰かに高値で売ろうってのか?」

 ギロリ、と腕組みしたムガノに睨まれたイオリは、慌てて両手を振ると否定の声を上げた。

「違いますって。僕が知りたいのは指竹の植生やその特徴、加工方法なんかです」

「ショクセイ … って何だ?」

「んーと、生えてる様子の事なんですけど、周りの環境とかどんな風に生えてるのかとか、そういった事ですね。それを記録したいんです。ああもちろん、地名とかは伏せますけどね」

「じゃあ、そんなもん記録してどうすんだ? 1クルスにもならないだろう?」

「ムガノさん、知識ってのはね、失われたら終わりなんですよ」

 ムガノは、一転して表情を消したイオリに一瞬気圧された。その柔和な外見に見合わぬ妙な気迫にムガノがようよう「お、おう …」と頷けば、イオリはまたころりと表情を崩す。

「という事で、僕からはムガノさんがご存じでないであろう編み方なんかをお教えするんで、交換、よろしくお願いします」

「ちッ、判ったよ」

 たかだかよわい15やそこらの少年に気圧されたのが口惜しいやらさりとて新しい手法は知りたいやらで、ムガノの渋面は酷くなる一方だったが、それでも舌打ちひとつで飲み込む。

 交渉成立となった2人は、その足で早速山へと向かった。村の出口は一緒だったが、昨日イオリが来た方とは逆へと進む。

「指竹ってのは水場近くじゃないと生えねぇんだ。あと日当たりの良い開けた場所によく群生してる」

 よくよく見れば細い通り道になっている木の間を、下生えを鉈で払いながら教えてくれるムガノの言葉を聞きながら、イオリもまた健脚ぶりを発揮してサクサクついていく。ムガノは、肩越しにちらりとそれを見やって、探索者ってのは嘘じゃないようだ、と納得した。

 一般に、冒険者が脳筋で探索者は学者肌だと思われている。確かにその見解は大体正鵠を射ているが、どんなものにも例外はあるもので、冒険者にも頭の回るタイプは多数存在するし、反対に探索者にもフィールドワークに重きを置くタイプがいる。こんな辺境の山村にまで足をのばしてきたイオリは完全に後者なのだろう。

〝物好きなこった …〟

 小さく鼻を鳴らしたムガノと、鼻歌交じりのイオリがその目的地に着いたのは、それからしばらくしてからの事だった。

「ふぇ~ …」

 イオリは、生まれて初めて見るその光景をポカンと見上げた。知らず、口から気の抜けた声が洩れる。その見つめる先には、立派に育った指竹がそこかしこで束になってそそり立っていた。

 そう、束で生えているのである。木丈がイオリの主観で3メートル程というのは、低木の類にはなるがそう珍しいものはない。が、それが束で固まって生育している様は、イオリの感覚からして竹とか木とかのカテゴリーではない。驚きから覚めてよく観察してみれば、束の根はそれぞれ1つだと判った。しゅるりと枝葉もなく立ち上がった姿といい、根元近くで分蘖ぶんげつして茎の数を増やしているところといい、まるで ―― 。

「まるで稲だな、こりゃ」

 外皮の色は濃い茶色だし、ムガノの話じゃ実がなるわけでもないらしいし、何より稲というには大きすぎるが、生育条件と分蘖ぶんげつ方法、全体的なシルエットは稲である。触れた感触は竹皮のようだが、そのサイズなら外皮がこれくらい固くなくては自立できないのだろう。色々な意味で納得できるようなできないような、イオリにとっては理不尽な植物であった。

 来たついでだ、と一束分の指竹を切り倒すムガノを手伝った際、目にした断面にまた理不尽を感じるのは余談である。

 ともあれ一束分、ざっと150本程を2つに分けて縄で束ねた後、そこから延ばした縄を引き綱に、肩にかけて帰ろうとしたところでそいつが現れた。

「え、嘘、またぁ !?」

 イオリが頓狂な声を上げるのも無理はない。のっそりと指竹の群生の間から現れたのは、昨日の巨体に勝るとも劣らぬ体格の牙猪サーベルボアだったのだ。牙猪は、こちらの姿に気づいて早くも前脚を掻き始める。

「ちょ、ムガノさん! この辺りこんなに牙猪多いの!?」

「知らん! 俺ぁ猟師じゃない!」

「そうでしたね!」

 などと焦ったやり取りの間に牙猪の準備は整ったようで、前脚は規則的に地面を掻き、頭を下げていつでも突撃可能と言わんばかりだ。それを見たムガノが引き綱を放り出して背を向ける。

「やばいぞ! 逃げろ!」

「でも指竹が!」

「馬鹿! 命の方が大事だ!」

「いやそーですけど! でも …!」

 今や貴重でせっかく採った指竹と。

 完全に臨戦態勢で機を窺っている牙猪と。

 どのみち諦めもつかなければ逃げ切れもしないだろうと覚悟を決めたイオリは、牙猪から目を離さないまま引き綱を手放した。

 それを合図とばかりに飛び出す牙猪とムガノの悲鳴をよそに、ぐっと腰を落として構えるイオリ。

「イオリ !?」

「ムガノさん! 黙ってて下さいよ !?」

 イオリは一瞬で自身の体に『身体強化』のスキルをまとわせ、足に『加重』し、同時に後ろに引いた右の拳に『氷結』のスキルを『凝固』させた。

「ど … っせぇいッ!」

『見極め』のスキルでここぞというタイミングで繰り出した右拳は、突っ込んできた牙猪の眉間に吸い込まれるように入っていき、そして ―― 。

 どこォんッ!

 昨日聞いた轟音が耳朶を打ち据えた後、今度は重たげな振動が足元を揺るがせる。

「お前 …!」

 ムガノは、横たわる巨体を前に「あー、やれやれ」と事もなげに右の拳に残る氷塊をプラプラ振って散らす少年に二の句が継げなかった。当の本人は、目の前の牙猪をよそに、指竹の引き綱を再び肩に担いで振り返り、けろりとのたまう。

「さ、今のうちに逃げましょ」

「逃げるってお前、仕留めたんじゃないのか?」

 イオリは、ムガノがおっかなびっくりといったていでさっき放り出した指竹へを近づいていくのを見ながら「まっさかー」と手をひらひらと上下させた。

「目を回してるだけですよぉ。昨日は加減が判らなくて思い切りやっちゃったから可哀想なことになっちゃいましたけど」

と背後の牙猪が目を覚ます前に、そぉっと退却にかかる。

「どのみち昨日の今日であんな大きな獲物持って帰っちゃ迷惑でしょ? それも同じ牙猪を」

「まあ、なぁ …」

 何せ冷蔵庫も冷凍庫もない世界である。しかも村の保管庫は昨日の牙猪の肉で埋まっている。そこにまた同じ牙猪を持ち込んでも有難迷惑だろう。

 しみじみと頷き合った2人は、気絶している牙猪を起こさないように、足音を潜めながらそそくさとその場を立ち去ったのだった。


 無事何事もなくムガノの作業小屋に戻った2人が間を置かず次に取り掛かったのは、指竹の皮剥ぎ作業だ。

「こうやってな、皮と茎の間に刃を入れて ――」

 ムガノは、縛っていた縄を解いて無造作に指竹を1本手に取ると、腰から抜いた小刀の刃をこれまた無造作に指竹の外皮のすぐ下に差し込んだ。そして、切り込んだ指竹の外皮の上から軽く押さえて上下させれば、ぴりり、ぴりり、と少しずつ外皮が剥がれていく。弾むように腕の上下幅が大きくなるにつれ、外皮はどんどんと剥がれていき、

「 ―― そぉれ!」

と、右手に小刀、左手に指竹を持ったムガノの勢いよく両手を開けると、大きくしなったそれの外皮がしゅるんっと先端まで一気にがれた。イオリの口から大きく感嘆の声が上がる。

「ま、こんな感じだな」

 まんざらでもなさそうに口元を緩めつつ、ムガノは同様に残りの外皮もしゅるんしゅぱんと剥いでしまう。一言断りを入れてから、剥がれた外皮を手に取ってみれば、驚いた事に、その幅が殆ど同じであった。

 自生状態の時に受けた印象通り、竹というよりは稲に近い表皮なので、上から下まで無数の筋が通っており、それに添って剥ぐ事で途切れさせる事なく外皮を得られるのは判る。ムガノのように座ったまま一気に、というのは無理でも、時間をかければできなくはない。だが彼はスピードばかりか幅をほぼ揃えて剥ぐという正に職人技を目も前でやって見せてくれた。その事に、そしてそこに至るまでの研鑽に、イオリは素直な称賛の声を洩らす。

「見事ですねぇ」

「大した事じゃねぇよ。ずっとやってりゃ誰だってこのくらいはできるようになる」

「その継続が力なんじゃないですか。正確で速い、これだけでも十分誇れるスキルですよ」

 生活の一部であり、糧を得るためのものでしかなかった作業をこうやって称賛された事はなかったのだろう。ムガノは、わざとらしく鼻を鳴らしてそっぽを向いた。しかしさすがというか、その手は既に次の指竹を取っている。

「そ、そうかよ。それより、さっさと作業を終わらせねぇと皮がきにくくなる。お前もやるんだろ?」

「あっ、はい!」

 イオリは、作業場の端に慌てて腰を下ろすと、指竹を手に取った。


 それから一刻程、無心の2人がかりで作業した結果、あれだけあった指竹の指竹は全て綺麗に外皮を剥かれて束ねられていた。最初は正に見よう見真似、慎重に幅を揃えながら作業していたイオリだったが、見る見るうちに上達し、最後にはムガノを越えるスピードで外皮を剥き終える。

〝うーん、このスキルはもう『取れた』かな〟

 束ねた外皮をムガノの指示通りに保管して、イオリは確かめるように自身の両手をニギニギと開閉させた。

 目標として、今世可能な限りのスキル取得をするよう契約したせいか、イオリのスキル取得の速さはハッキリ言って異常である。転生した頃には自覚のなかったそれも、今ではしっかりと把握しているが、スキルを得る事とそれを活かしていく事は全く違う事もちゃんと知っている辺りが所謂いわゆる『年の功』なのだろう。

 と、イオリは、ムガノは指竹の中身の方も集め始めたのを見て、急いで手伝いに入った。

「こっちも束ねればいいんですか?」

「いんや、適当に集めとけばいい。焚き付けぐらいにしか使えんからな」

「そうなんですか?」

 イオリは、手の中の白い『中身』をまじまじと観察した。

 綺麗にするりと外皮を剥かれたそれは、中心に穴が通っていて、下手すると茹ですぎたパスタのようだ。乾燥したらやっぱり乾燥パスタみたいになるのだろうか。水気を帯びている状態でならば十分に加工できそうだが、と唸るイオリをよそに、ムガノは束ねては鉈で適当に切断し、また束ねて、と繰り返している。

「なにしろ、皮剥いだばっかりの時はこやってへにゃへにゃだから何か出来そうな気にはなるがな。乾いちまったら簡単にポキポキ折れるし、始末に悪いんだ。濡らして編んでみた事もあるが、物入れるとぶよぶよにたわむし、乾けば面が割れる。だからせいぜい焚き付けにしか使えんのさ」

 現代日本ではどうだっただろう。竹細工に使う皮部分以外はやはり削りカスとして廃棄されていたのだろうか? 間伐材利用として竹箸等に加工されるものもあったのかもしれないが、ここで箸を使えるのはイオリぐらいのものだ。しかし、何事も試してみる価値はあるだろう。

〝よし、あれを作ってみよう〟

 イオリは、自分が集めた分の指竹の名残を手持ちの紐で丸く束ねると、バッサバッサと鉈を振るっているムガノに笑いかけた。

「ムガノさん、ちょっと自分でもやってみたい事があるんで、この束、僕に譲ってくれませんか?」

 勝手にしろ、と一顧だにしかなったムガノはしかし、翌日目を引ん剝く事になる。

遅れてすみません…。

もうストックがないので(早!)、たぶんこの後は週イチ更新が精一杯だと思います。

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