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ロスト・スキル・マスター  作者: 御影
第一章 チートなんかない
3/7

 村を上げての焼肉祭りの翌朝、まだうっすらと山腹に朝もやがかかる頃、この村の共有備蓄倉庫から、大きな包みを抱えてイオリが出てきた。その腕にあるのは、昨日この村に持ち込んだ牙猪サーベルボアを解体した際に彼の取り分として渡された物の一部だ、あの大きな牙猪から取れた大量の肉の山の殆どは保存に回されここに保管されたのだが、当然ながらそうした場所のないイオリの分も一緒に置いてもらっていたのである。

 各部位から少しずつ切り取った肉を直火で炙り、各家からはスープやパン等を持ち寄っての宴はなかなか盛大な盛り上がりを見せたが、それでもなお食べきれず残った肉は持ち帰られて各々の家の朝のスープの豪華な具材として生まれ変わるのだろう。事実、そこかしこからもう美味しそうな匂いが漂い始めていた。

 宿を提供してくれた村長宅のドアを開けば一層濃くなったその匂いに、

イオリの腹から大きな音が鳴る。

「おはようございます、アイリさん」

「ああ、おはようイオリ君。早いねぇ。ごめんよ、朝ご飯はもうちょっと待っててくれるかい?」

 勝手知ったる、とは言わないが、昨日教えてもらった水場に顔を出せば、村長の妻アイリが予想通りかまどにかけた大鍋をかき回していた。構いませんよ、と返して歩み寄り鍋を覗き込めば、豪快に骨ごと放り込まれた猪肉がグラグラと煮込まれている。

「豪快ですねぇ」

「牙猪の肉はさ、焼くならいいんだけど煮込むと臭いんだよ。だからこうやって先に茹でて臭みを抜かなきゃ美味しいスープにならないのさ」

 言われてみれば、良い匂いの中に僅かだが生臭さがあり、鍋には灰汁が浮き始めている。何となく、豚骨スープみたいな感じだなぁと考えてふと思いつく。

「それならいいものがありますよ」

 イオリは、腰につけていた革袋から一束の草を取り出した。昨日見かけて採取しておいた香草ハーブである。しかしこの辺りではそれが香草とは思われていないのか、アイリが怪訝そうに眉根を寄せる。

「なんだい? そりゃ」

「ジシャ草という香草で、肉の臭み取りにいいんですよ」

と答えながら、イオリは水瓶の水をもらってジシャ草を洗い、適当に折り畳んでから草の端でくるくると束ねて、最後にパン、と手で叩いた。途端に生姜に似た香りが立ち上り、アイリの顔が輝く。

「へえ、いい匂いだね!」

「食べるには苦すぎてダメなんですけどね。こうして一緒に煮込むといい香りが付くんです」

 前世で言うところのレモングラスに近い形状とその苦みから、この村では雑草以下の認識だったらしい。イオリが許可を取ってからそれを投入した鍋から、次第に先程感じた僅かな生臭さが消えていくと、アイリが感心しきり、といった顔で大きく何度も頷いた。

「こりゃいい事教わったよ。後でもうちょっと詳しく教えとくれ。ところで、こんな朝早くから何してたんだい?」

と問われて本来の目的を思い出したイオリは、テーブルの上に放置していた肉の方に戻る。

「思ってた以上に美味しかったんで、この肉でベーコンとか作れないかと …」

 はらりと解いた布から現れたバラ肉は、確かに脂も少なめの良いバラ肉だった。上手くできれば美味しいベーコンになりそうだ。

「ベーコンって何だい?」

「簡単に言うと、塩漬け肉を燻製にしたものですよ。そんなに日持ちはしませんが、美味しいですよ」

 イオリは、また腰の革袋に手を入れると、小さな巾着を取り出し、中身を肉塊に振りかけて擦り込み始めた。最近入手して気に入っている薄ピンク色の岩塩である。肉をひっくり返してはまんべんなく擦り込み、十分に処理が終わると元のようにきっちりと布を巻き付けた。ラップとかチャック付きビニール袋とか、便利なものはないけれど、これで十分だ。あとはスキルを使って肉の周囲を氷で囲み、冷暗所に置いておけばいい。

「―― これで良し、と」

 手に着いた岩塩に粒を洗い流して一息つくイオリに、その工程をずっと真剣な目で見つめていたアイリが質問を開始する。

「これからどうするんだい?」

「大体7日くらいこのままにして、その後表面を洗って水気を拭き取ったら燻蒸します。出来上がったら好きに切って炙って食べます」

「塩漬け肉よりは日がかからないけど、それでも7日かい。それで、まぶしてたのは岩塩かい? 塩なら何でもいいの? それと、くんせいって何? アタシもやってみていいかね?」

 イオリは、段々鼻息が荒くなってきたアイリを苦笑しながら宥めると、彼女が持ち出してきた肉塊の処理を、他のバリエーションの話も交えながら教えるのだった。


 その後、朝食をご馳走になったイオリは、昼からシジャ草採取をアイリに約束させられる代わりに教えてもらった男の住まいに向かった。

 男の名はムガノといい、農作業の傍ら籠細工を作っているという。どこの村でもそうだが、冬の農閑期にその土地にあるもので細工物をこしらえ、村の中で物々交換したり季節ごとに訪れる行商人に売って現金を得たりする。だが平和な治世が続いた弊害とでも言うのか、街道が整備され、街との往来が比較的安全になったおかげで、冬の農閑期に出稼ぎに行く者や、成人して街に仕事を求めに行く者が増えて、冬の手仕事全般で担い手が減ってきていた。行商人が代金として払っていく金がどれだけ端金はしたがねか、実際に店で売られている値段を見て馬鹿馬鹿しくなった事も大きいという。行商人も街の商人も稼がねばならないのだから値が上がるのは仕方ない事なのだが、やはり面白くはないのだろう。そうやって ―― 。

〝伝統工芸が廃れていくのはどこも一緒か …〟

 イオリは、前世の日本の現状を思い起こしながら、ムガノ宅のドアを叩いた。数回声をかけてやっと顔を出した老人は、イオリを胡乱気に見返し、

「何か用か」

と不愛想丸出しの声音で尋ねた。成人間もないイオリと目線がほぼ変わらないのは、彼が15歳の割りに長身というわけではなく、ムガノの腰が長年の労働により僅かに曲がっているからだ。細身ながら骨太のがしりとした体つきもまた、働き者の証として好感が持てる。

「こんにちは。僕はイオリといいます。ムガノさんがこの村一番の籠細工師と教えてもらったのでお伺いしました」

「なんだ、籠が欲しいのか。じゃあ裏に回れ、作業小屋にある」

 訝し気ではあったものの、要件をはっきり言ったおかげか昨晩の肉のおかげか、ムガノは裏手の方へ顎をしゃくってくれた。

「―― 昨日の肉の礼に好きなの持ってけ」

 肉のおかげだったらしい。

 案内された作業小屋は、二間程の小さなものだったが、冬の作業場という事もあって、中央に暖取りを兼ねた火鉢のような物が置かれ、反対に火事を警戒してか材料や完成品は端々に押し付けるように積まれていた。

 イオリは、一言断りを入れてから、完成品の1つを手に取る。大小の差はあるが、どれもみな平編みの四角い物だった。底面と縁に細枝で補強が施されており、がっしりと長持ちしそうな良い物だ。

「これは … 指竹ですか?」

 丁寧に下処理された材料を手で撫でながら尋ねたイオリに、ムガノが目を丸くする。

「おう、良く知ってるな」

 指竹、とこの辺でそう呼ばれている植物は、日本の細竹と蔦を足して二で割ったようなものだ。丁度人の指程の太さに育つ事からその名が付いたと言われている。外皮を剥ぎ、それを細工に使うのだが、熱を加えなくても容易く曲がるので、そのまま加工する事もある。ただ、元々山奥に群生する性質と乱獲により、最近はすっかり見かけなくなったと聞く。

「細工しやすいから取りやすい所のものは全滅したって話だな。まだこの辺りにはあちこち群生してるから材料に困らずに済んでいるけどな」

 しかし今は別の素材が安くて持てはやされている、とムガノは大きくため息をついた。

「特にこの辺じゃ指竹なんざ珍しくないからな。今じゃ行商人にも買い叩かれとる」

「うーん、もったいない話ですねぇ」

 今も指竹製の籠を欲しがる人はあちこちにたくさんいるのだが、何しろ行商人ではなかなか領境を越えてまでの商いはできない。『いつでもある』と認識されている地元ではしまうのは目新しくもなく、過剰供給になってしまっている事もあって評価が低い。

 その上、丁寧な仕事を施されているがため頑丈。買い替えのスパンがそれこそ日本とはケタ違いの長さだ。近隣の村や街だけでは売り上げも頭打ちになって当然だろう。

「まぁ今じゃこの村で売り物作ってんのは俺ぐらいだ。他の連中は自分んとこ用ぐらいなら作るかもしれんがな」

「淋しい話ですねぇ」

 と、一通り作業のアレコレを見たイオリは、しんみりとしてしまった場の空気を変える様にパン、と手を打ち鳴らすと、ムガノに向き直ってにっこりと笑った。

「ムガノさん、僕とスキル交換しませんか?」

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