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ロスト・スキル・マスター  作者: 御影
第一章 チートなんかない
2/7

 山裾の村にふらりとやってきた少年、イオリは転生者である。

 といっても、トラック転生とか通り魔転生とか神様うっかり転生とかいうラノベ的なものではなく、誰が聞いても大往生と言うような人生の終わりを迎えてからの、ある意味正しい転生である。

 生前、現代日本にいた彼は橘伊織という名の平凡な男だった。大学を普通の成績で卒業し、地元企業に就職し、恋愛して結婚し、温かい家庭を築いた。定年までその会社で勤め上げ、妻との間に生まれた2人の子供達もまたそれぞれに家庭を持って独立。孫の顔だってしっかり見た。本当にそんな平凡な生涯であった。ただ、伊織は何かを作る事に強い好奇心を持っていた。子供の頃のプラモ作りから始まり、ミニチュア模型や革細工、週刊なんたらコレクションにも手を出した。普通なら嫌な顔をするであろう妻もさすがと言おうか、やはり手芸が好きなタイプだったので、ドールハウスを作るシリーズなんかは2人がかりの大作、力作となったくらいだ。そして不和の種にならなかった理由のもう1つは、彼が熱しやすく冷めやすいタイプではなかった事である。興味のあるもの、実際に手をのばしたものは、まるで炉端の燠火のように一生ちまちまと作り続けたし、大掛かりな道具や大量の道具が必要になるものには手を出さなかった点も大きい。早い話、家計や住居スペースを圧迫しなかったので家族から嫌がられなかったのである。

 そして定年後、小旅行を兼ねて妻と陶芸の窯元を巡っては一日体験させてもらったり、他にも色々な体験教室に行ったりと、この年代の男性にしては多趣味を楽しんだ。残念ながら妻には先立たれてしまったが、結局息を引き取る時まで「ボケ防止になるから」と見守ってくれた子供や孫達の温かい目に支えられて、何やらチマチマと手を動かし続けた。職人ではないのに職人のような一生であった。

 そんな彼が常々勿体無いと嘆き続けていたものが、その「失われていく職人の技」であった。

 彼が定年を迎えた頃から妙にテレビで特集が組まれるようになった「職人技」というのも、まさにその職人達が定年引退を考え始める世代だったからだろう。失われてしまうには惜しい知恵と技、だが後継ぎがいない現実。幸運にも跡継ぎを得る工房がある一方で、失くしたくない技術ではあるけれど、おそらくこの先この仕事では食っていけないから、とすっぱりと辞めてしまう職人達もたくさんいた。

 そんな彼らの話を見聞きするたび、伊織はそれを惜しんだ。

「勿体無いなあ …。僕があと20若かったらなあ」

と、1人の食卓で流れるテレビの映像に、一体何度そう呟いた事だろう。

 それでも自分が死ぬまでは、欲しいと言ってくれるお客さんのために作り続けると言った職人が震える手で作った物を、不恰好だ、使いづらい、すぐに壊れた、と受け取り拒否し返品する客側の反応を見聞きしては何度。

「だったら買うな! 使い方を学べ!」

と憤った事だろう。

 傍から見れば平凡ながら順風満帆、幸せな往生だっただろうが、最期にはその物作りに対する強い思いが心残りと言えば心残りだった。

 だから、だろうか。死後ポツンとこんな所に立ち尽くす羽目になったのは。

「おや? 確か死んだら三途の川に行くんじゃなかったかね?」

 白髪頭を掻きながら周囲をぐるりと見回しても、そこはただただ白く何もない空間で、ずい分昔に孫と観たアニメの「何とかの部屋」のようだった。

「はてさて … 僕は肉弾戦好きの民族でもなければキリスト信者でもないんだがねえ?」

 伊織が、さてどうしたものか、と暢気に首を傾げてどれくらい経ったのか、ようやく彼以外の声が場に響いた。

「待たせたか」

 声がした、と感じた時には、もう目の前に其の主がいて、年甲斐もなく驚きにぴょこんと跳ねた伊織は、その驚きでむしろ心臓動いて生き返られるんじゃと一瞬期待してしまったが、さすがにそれはない、と即座に否定されて苦笑した。

「もう肉体残っておらんからな」

「ああ、それは無理ですね」

「うむ。しかしきちんと往生した者は会話が成立して良い。最近はとかく姦しい亡者が多くての」

 はあ、と聞いてるこちらの申し訳なくなるようなため息をついて、彼は軽く手を振り、音もなく出現した藁座にどっかりと胡坐をかいた。そして対面にも出した方を伊織に勧める。

「座れ。ちと長くなるやも知れぬ」

 と、言われても、いかにも日本の男神様な方の対面で胡坐をかく度胸はない。再度促されて、伊織はちょこん、と正座で相対した。

「それでその、お話というのは …?」

「うむ、それなのだがな。お主、常々失われていく技術を惜しんでおったであろう? その気持ちは未だ揺るがぬか?」

「… そうですねぇ。確かにそれが心残りといえばそうですね。もう少し若くて時間があったら習いに行けたのになあと思います。もしかして、こちらならそれが可能なのですか?」

「いや、それはできぬ」

 一瞬脳裏をよぎった、先人の匠達に師事して日々物作りを楽しむ ―― 彼にとっての ―― 桃源郷はバッサリと切って捨てられた。

 男神は、有名なアスキーアートばりにガックリと打ちひしがれた伊織を少々気の毒そうに見やり、言葉を継いだ。

「まあ、そもそもそのイメージは人間の願望から生まれたもの故、そういった場自体がない。ただな、話というのは正しく『それ』なのだ」

「―― はい?」

 伊織が生きた世界の外には無数の神々がそれぞれ造り治めている世界があるという。それらは決して交わらず、神々とてすべてを知り、友好を築いているわけではないが、かと言って全くお互い無関心、無干渉というわけでもないらしい。

「それでな? とある世界の神から以前愚痴 … いや、嘆かれた事には、その世界でも失われていく知恵が多すぎて、このままでは文明の維持が難しくなるというのだ」

「どこも同じなんですねぇ。ホントに勿体ない」

「おお、そう思ってくれるか!」

 男神は、我が意を得たり、とばかりに自らの膝を叩くと、その手で伊織をびしりと指さした。

「お主! その世界に行って手助けしてやってくれ!」

「―― … それはー、あー、いわゆる異世界転生というやつですか?」

「何じゃ、お主。その歳にしては、よぉ知っておるのぉ」

「… 孫が、そういう小説なんかが好きでして」

 伊織は、じぃちゃんじぃちゃんと目を輝かせながら自分の好きなラノベ小説を持ってよく遊びに来た孫達を思い出しながら口元を緩めた。

 あの子たちのお勧めすべてが気に入っていたわけではないが、昔の文庫本と違って字も大きく、軽妙な語り口で綴られたそれらは、のんびりと時間を過ごすには程良かったし、気に入った小説で孫と話が合うのも嬉しかった。また、得意の物作りで一緒にアクセサリー等を作ったのも良い思い出だ。

「僕が若い頃に読みふけったのは主に海外のものでしたからねぇ。ずい分と重みの違ったものになっていましたし、なかなか楽しめましたよ」

「それなら話が早いな。そのー、異世界転生とやらであっちの文明を助けてこい」

「それはまた大きな話ですねぇ」

 もしかしたら魔王を倒せと言われるよりずっと難しいのではないのだろうか。しかし男神は呵々と笑うと、

「心配いらぬ。お主のやりたい事をやれるだけやれば良い」

「そういう事でしたら」

 こうして伊織は、健康な若い体と生きていくために必要な異世界の知識を受け取って旅立った。


「ちぃと、とやらが要らぬというのも珍しいが … あやつ、判っておるのかの?」

と首を傾げる男神を置いて。

 依頼の通り、本人の希望するままに技術や知識という「スキル」を集めていけばいく程、望まなかったチートになっていく事実を、全く理解しないままに。

 橘伊織 ―― イオリの第二の人生が始まったのである。

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