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気が付けば二年ぶりの投稿です。
殆どストックがない&遅筆ゆえ、のんびり更新になると思います。
気長にお付き合いいただければ幸いです。
裾野に小さな村を抱える豊かな山は、中天に座す太陽の日差しを受けて深緑に輝き、小鳥達が平和に囀る穏やかな日常を称えていた。
しかし ――。
どぉんッ!
突如腹の奥を抉るような低い衝撃音が轟いた。その音はふもとの村にまで優に響き渡り、何事かと村人達が各々の生業の手を止めて山を見やる。しかしどうやらその音の発生源が頂に近い中腹辺りだと知って ―― 何しろ、其の辺りで余波を食らったらしき大小の鳥達が一斉に飛び立ち樹上をギャーギャーピチュピチュと文句垂れまくっていたので ―― 、村に影響はない、大方獣が縄張り争いでもしているのだろうと日常に戻っていった。
確かにそこまでは、さほど頻繁ではないものの、目新しくもない出来事であった。
異変を真っ先に察したのは、当然ながら見張りやぐらにて昼の弁当を広げようとしていた男だった。山の方からずるずる、ざりがりとやたら重い物を引きずっているような音が近づいてくるとあっては、いくら愛妻弁当を前にしていても辺りの警戒に戻るというもの。すぐさま立ち上がってやぐらの手すりに飛びついた彼が目にしたのは、不揃いな丸太か何かを組んで大きな物を載せ、さくさくと下山してくる若い男だった。
「何だ、ありゃ …?」
唖然とする男をよそに、危なげない足取りで村の防護塀に歩み寄ってきた彼は、見上げた先に見張り番を認めてニッコリと笑って言った。
「牙猪要りませんか?」
降って沸いたご馳走を前に、広場に集まった村人達は、見上げんばかりの毛むくじゃらな巨体をどう捌くか相談したり呆然としたり、子供たちに至っては興奮して周囲をぐるぐる走り回ったりと実に判りやすく浮き足立っていた。これはまだ若い個体で、年経れば経ただけ巨大化する牙猪だとて、それでも村人達にとっては見た事もない大きさなのだから無理もない。そしてその混乱の元を持ち込んだ少年は ―― なんと成人したばかりの15歳だという ―― 、駆けつけてきた村長と暢気な会話をしていた。
「ほうほう、それは運が良かったのぉ」
「いや~ホントに。水場探しててアイツと出くわした時はもうダメかと思いましたからねぇ」
イオリ、と名乗った少年は、手渡された木のコップをぐいっと呷ってから、実に気持ち良さそうに「ぷはぁっ」と息を吐いた。井戸から汲んできただけの水だが、今はそれが何より美味い。
「散々山の中逃げ回りましたからねえ。そのうち苛立ったアイツがあちこちの木を薙ぎ倒し始めたんで、上手い事大木に頭突きするように誘導したらこれがドンピシャ、目を回したところをグサッですよ。いやホントもう運ですよね、これも」
そう言って笑うが、実際やろうと思ってもできない芸当である。足元の悪い山中では獣の方が圧倒的に有利だ。普通なら走って逃げたところで幾らも行かないうちにあの牙に刺されておしまい、というのが関の山だ。それが逆に仕留めてしまったというのだから、この少年の発言は十中八九嘘だろうな、と村長は胸中でため息をついた。
だが、村長とて伊達や酔狂で長年こんな村をまとめてきたわけではない。商人や冒険者、探索者といった村を訪れる人間の中には訳ありもいればゴロツキだっていた。あちら側にしたって、訪れた先の村人が善人ばかりではないと「知って」いるのだ。氏素性や手の内を全て赤裸々に晒す愚は犯せない。
この村の住人は大よそ善人で、この少年も言葉を交わした限りでは大よそ善人のようだ、少なくとも今ここの住人を害そうとしていないのだから、それでいい。
ともあれ、少年・イオリの言に拠れば、穴を掘って血抜きし、内臓とともにそこに埋め、牙猪本人(?)が薙ぎ倒した木を使って陸イカダを作って幾ばくかの軽量化をしたそれを載せ、ここまで来たという。
「元々この辺りに村があるって聞いて目指してたし、置いていくのも勿体無いし、手土産代わりに皆で食べて下さい」
「ありがたく頂くとするかのぉ」
賄賂です。
判ってます。
とでも書かれたフキダシでも背負っているかのような両者の顔はとてもにこやかだ。
「おーい、村長! 兄ちゃん!」
そこへ、牙猪の検分をしていた男が2人に駆け寄ってきた、
「あの牙猪なんだがよ …」
「あ、差し上げます」
「いや、そうじゃなくて、でもありがとう。こっちは大助かりだが、いいのか?」
やや困ったように後ろ頭をガシガシと掻く男に、イオリは笑顔で頷き返し、村長もまた大きく頷いた。
「逗留費換わりに置いてってくれるそうだ。今晩は皆でありがたく頂こう」
「まあ … そういう事なら …。それよりもな、オイ、ありゃ何だ?」
「何がでしょ?」
男は、きょとんと首を傾げるイオリに背後の牙猪を指さしてみせた。
「喉と腹かっ捌くのは当然だとして、何でその傷口全部、氷が張ってんだ?」
問われてイオリは、失念していたと手を打った。
「そーいやスキルでカバーしてましたっけ。解きます解きます。ついでにササッと解体しちゃいましょう。村長、お水ご馳走様でした」
「はいよ。どれ、ワシも見物させてもらおうかね」
年齢的に大中小と揃った男3人は、連れ立って牙猪へと歩き出す。
「ホラ、山の中やら獣道やら通ってくるわけだから、傷口そのままにしとくと虫やら草やら砂埃やらが付くじゃないですか。血の臭いさせるのもマズイし。だからそこだけ氷漬けにしてきたんですよ」
「なるほどなあ。言われてみりゃ確かにそうだ。便利なスキル持ってんなぁ、兄ちゃん」
「あ、僕イオリっていいます。スキルを集めるために探索者になったんですよ、ホラ」
と、首元から引っ張り出したドッグタグを指で揺らす。だが、通常1枚だけのプレートが何故か3枚、同じチェーンに連なっていた。
「すごいな、3つともか」
「やだって言ったんですけどねぇ …」
イオリは、ため息をつきながらタグプレートを首元にしまい込んだ。
国境を越えてその所属者を保護し支援する組織が大きく3つ存在する。商人ギルド、冒険者ギルド、そしてイオリが名乗った探索者ギルドである。プレートの材質に殆ど違いはないが、それぞれがシンボルとしている紋が記され、同じくシンボル色の魔石が填め込まれており、そこで所属ギルドの見分けが付くようになっている。
また、所属に関しては明確な住み分けはないため、イオリのように複数所属しても何ら罰則はない。もっとも、彼のように3つ全部という者は稀だし、何よりそれぞれに登録費用や生存報告を兼ねての年会費もあるので、大抵は1つのギルドで済ませているのだが。
「まあ僕個人は『探索者』なんで、それでお願いします」
と、苦笑しながら話を切ったイオリに揃って首肯して、男達は今夜のご馳走へと歩みを速めた。