2話「終わりかけの世界」
【その現象】が最初に確認されたのは2010年から日本で始まった少子化問題による人口減少であると言われている。
2030年、日本の人口のみならず世界中の出生率の低下が確認され始める。
2035年、国連が世界で発生する後に【ライフエラー現象】と呼ばれる現象に対策するべく世界中の研究者を集め国連直属組織「ゲニウス」が発足された。
2048年、人口減少と各地での紛争による環境変化に対してゲニウス日本支部の藤堂 匡技術開発部主任立案の地下都市開発計画「アガルタ計画」が承認される。
2078年、国連がその機能を果たせなくなり崩壊、29機の地下都市が個別での自治権を持つこととなった。
そして現在は2100年、人類は辛うじて文明を維持している。
部屋にはカッカッと軽快な音が絶え間なく鳴り続けている。
3メートルはあるであろう大きな黒板に白衣の老人がチョークでひたすら数式を書き記している。黒板の空きスペースの高さが残り数十センチとなった所で背後のドアをノックする音が聞こえた。
「開いている、勝手に入りたまえ」
「所長、失礼します。バイオ部門の篠原です。」
老人は一旦書く手を止めたが、振り向くことはなく黒板の数式について思考を巡らせている。
「本日、他のアガルタからの研究員が配属になりましたのでごあいさつに伺いました。ほら、所長にご挨拶を」
「はい!藤堂所長初めまして!私はアガルタ29で薬学を専攻しておりまし******」
背後にいる二人が話す内容が自身の探求に有益では無いと判断したのか老人は途中から話を聞くのを止め再び黒板に数式を書き始めた。
「言いたいことがそれだけなら結構、仕事に戻りたまえ」
老人が背後の二人に冷たく言い放つ。
二人は何かを言って部屋を出ていく。これで落ち着いて計算に戻れると思った矢先に右腕からピーピーと警告音が鳴りだした。
「もうバッテリー切れか……」
老人が右の袖をまくると先ほどまでチョークを握っていた腕は肌色の腕では無く重厚なメタリックカラーの腕だった。
「現行の技術では義手のバッテリー容量はこれが限界か……もっと効率の良いエネルギーがあれば改善の余地があるんじゃがな。」
義手のカバーを開け、慣れた手つきで煙草の箱サイズのバッテリーを入れ替える。
しばらくすると義手はぎこちない動きを繰り返した後、滑らかに動き始める。
「では作業に戻るとしよう」
老人はまた黒板に向き直り数式を書き始める。
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研究員用のカフェテリアで白衣を来た中年の男性と同じく白衣を着た少女が話している。
「篠原さ~ん……私、なにか失礼な事してしまったんでしょうか?」
少女は机に突っ伏して凹みながら話す。
「まぁ、そう気にするな。藤堂所長はいつもあんな感じで自分の研究以外には興味が無い人だからな」
「やっとあの憧れの藤堂匡に会えたのに、自己紹介も聞いてもらえないなんて」
「所長に憧れているなんて珍しいね、君」
「だって人類がいまだ生き残っていられるのは所長の数々の発明があったからじゃないですか!」
「まぁ、確かにそうだがねぇ……今となっては過去の話だからなぁ」
篠原はコップに残ったコーヒーを呷ってから話を続ける。
「所長はある時期から自身の専門分野以外の学問にも手を伸ばし初めたんだ。」
「別の分野の知識を得て視野を広げるのはいいことじゃないですか?」
「物には限度がある、所長は手当たり次第あらゆる学問に手を出しては一定の習得ライン超えると別の学問へ移ってしまう。挙句の果てにはオカルトじみたものにまで手を伸ばして、今となっては所長が正気かどうかも分からん。見ただろうあの黒板の数式。」
「一部しか見えませんでしたが、確かにあの数式は理解ができませんでした。」
「見たことも無い記号とかが入っていて、もはやあれを数式と呼んで良いのかすら怪しい。尊敬してる君にこれを言うのは躊躇われるけど、所長って立場も過去の功績と引きこもって自分の研究しかせずこのアガルタの運営に関わって来ないからこそお飾りとして残ってるだけだよ。」
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書く。
書く。
書く。
藤堂 匡はひたすら黒板に式を書き続ける。
現存の数式に世界中から集めた古文書や魔術を記したとされる本などから得た法則を盛り込んだ数式。他の科学者から見ればでたらめな式と言われる事は間違え無いだろう。だが、もはや他者からの評価などどうでもいい。
「ここまでで魂が存在することは証明できた。その上で輪廻転生が存在すると仮定すると、ライフエラー現象による人口減少分に比例して増えた生物は存在しない。それどころか他の生物は環境変化で絶滅している種まである。では、円環するはずの魂は一体どこに消えた?」
遂に黒板に書くスペースが無くなり匡は壁に数式を書き始めた。
「いや待て、消えたのではなく、もし他の場所に存在するならば……でも一体何処へ?」
式を書き進むごとに動悸が激しくなる。
部屋の四方の壁にも数式がいっぱいになり、遂に床に数式を書き始める。
「この答えを出せる可能性を……答えを知る為の条件は……」
床全てに式を書き終える。
匡は動きを止め呆然としている、もう式を書こうとはしない。
「この答えを知る存在……神は、存在する。」
その言葉を最後に匡は力尽きその場に倒れた。
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次に目を開けると見覚えの無い部屋にいた。
目の前には年季と高級感を感じさせる執務机、辺りには同じく年季の入った調度品に囲まれており。この部屋の主の美的センスが感じられる部屋だ。このレトロな執務室で異様な点と言えば棚の上には無数にあるデジタル・アナログを問わない置き時計と壁を埋め尽くさんばかりに掛け時計が全てバラバラの時刻の状態であることと、そして執務机の後ろ窓から見える景色は真っ白で何も存在せず外の状況が全く掴めない事だった。
そして、窓の外が一体どうなっているか分からない事や明らかに過剰な時計の数より問題なのは先ほど意識を失ったはずの自分がなぜこんな部屋にいるかという事だった。
「ここは一体何処じゃ?儂はさっきまで自室にいたはず……」
我ながら間抜けなセリフを吐いているとは思うが、そう口にせずには居られない状態だ。
少しの間、呆然としていると部屋中の時計の時鐘が一斉に鳴り響いた。左右からの音が混乱した思考をさらにかき乱す。
しばらくすると時鐘が鳴り止み静寂が訪れた、それと同時に背後から、バタン、と音がした。音のした方に振り向くとそこには扉があった。
扉は閉まっており今の音は扉を閉めた音だったのだろうか?一体誰が?そんな疑問を確かめる為、扉に手を伸ばしそっと開いた。
「な、なんじゃこれは!?」
扉の向こうは窓の外とは対照的な一面の真っ黒の世界。奥行や高さは全く分からない。試しに足を前に出してみるとそこに地面は無く、ポケットにあった硬貨を落としてみたが音は帰ってくることも無い、深さは計り知れない。明らかに異常な空間であることを確認し、どうにか理解しようと思考を巡らせるが、まるで迷路をさまよっているような感覚だった。
「え~と、お名前は藤堂 匡さん、享年100歳、死因は、寿命ですね。」
背後から女の声が聞こえた。先ほどまで誰もいなかったはずの部屋で。
匡は異常事態に思考をするのも止め、振り向いた。
先ほどの執務机の横で長い銀色の髪の少女がその蒼い瞳で書類に目を通していた。
少女は歯車柄のネクタイに白を基調とした細かい細工の施された軍服を思わせる服装で、両肩にはその服装とは不釣り合いな時計をあしらったメカニカルな肩アーマーを身に着けている。
「お前はだれじゃ?」
次々起こる異常事態に頭の中の整理が追いつかない匡がようやく捻り出した問いに少女は執務机の椅子に腰かけ、書類から匡へと視線を移して質問に答えた。
「私の名前はクロノス、この世界の担当神です。」
1話を読んでいただいた皆様ありがとうございます。
評価までいただけて大変喜んでおります。
ローペースになるとは思いますが、これからも読んでいただけると幸いです。