出会っている
さゆりの癖を、佑二が見間違えるわけがない。
遠くに目をやって笑い、かすかにうつむく。顔にかかる髪を耳にかけ、その手で軽く頬に触れる。流れるように指先を顎まで持っていき、考え事をするように腕を組んで目を伏せる。いつものさゆりの癖だった。佑二は特に最後に伏せられる目が好きだった。佑二といるとき、その癖は必ずと言っていいほど出ていた。だからこそ、言える。この少女はさゆりではない。
「君、誰……? さゆりじゃない、だろ」
ゆっくりと見開かれた目に、曇り空の光が映り込んでいた。
「……あたしが、さゆりだ」
「違う」
言葉尻を掠めるようにして否定すると、少女の肩がびくりと動いた。
「分からないわけがないだろ。なんでさゆりのふりしてんの?」
「あたしがさゆりだ」
少女の声に、初めて感情がこもった。苛立ったような、差し迫った声。佑二はさらに追及しようとしていた口を閉じて少女を見た。記憶の中のさゆりにそっくりな姿で、声も、仕草も佑二を見る目つきも、すべてがさゆりのものだと思う。しかし、違うのだ。あれほど焦がれたのは、見慣れたさゆりの癖なのだ。はにかむように伏せられる目だ。その目は必ずそらされる。それがさゆりのはずだった。こちらをまっすぐ見て、しかも撫でてくるようなものではない。確かにその癖が違うのだ。
「君もさゆりのこと知ってるんだろ。今、どうしてるのか知ってる?」
少女はじっと佑二を見る。その目元は涼しげな切れ長で、しかしさゆりのものではない。さゆりはこんな風に涙を溜めた目で佑二を見上げたりはしない。こんなに感情豊かな目が、さゆりなわけがない。佑二には確信があった。少女は感情を抑えきれない様子で佑二を見ていたが、やがてぐっと目をつぶった。沈黙を広告塔のコマーシャルの声が渡る。しばらくの間、少女はそのまま動かなかった。
「――……きっと、どこかにまだ、いるはずなんだ」
人のざわめきに溶けるほど、抑え込まれて震えた声だった。強く合わせた瞼の隙間から、水が漏れだすように涙が滴ってきた。
「私がさゆりでいる限り、いつかきっと戻ってくる。それを待ってる、ずっと」
開いた目からも涙がさらさらと落ちた。地面を見ている目にかすかな空き缶の色が移っている。
「佑二くんは、まださゆりを覚えてる。私も。だからきっと会える。私たちが忘れない限り、さゆりはきっと帰ってくる。だからさゆりになった」
佑二は息をのんで少女を見つめた。さゆりを忘れないために、さゆりに成り代わった少女を。彼女はきっと今も、さゆりを必要している。佑二は息を整えて、車の遠いクラクションを聞いた。
「君は誰?」
少女はまっすぐ佑二を見上げた。もはやその表情はさゆりとは全く違う少女のものだった。電車の走る音が聞こえる。
「――私は岡本紗恵。ずっと佑二くんとさゆりを追いかけてきた」
さゆりの透けるような声とは似ても似つかない、よく通る強い声だった。
五年間原稿を出しているラジオに初めて穴開けるかと思いました。
今月は本当に危なかった。そして書けてよかった。収録日に間に合いました。
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