水の匂いと癖
どこか遠くで救急車のサイレンの音がしていた。佑二は続く会話を思いつけず、かといってさゆりから目を離すこともできずに、半ば口を開きかけたままでいた。サイレンの音が間延びして消えていく。その消えかけた音を掠めて苛立ったようなクラクションが耳を裂く。その隙間を雑踏のざわめきが埋めている。音が多い。人が多い。風の音がしない。さゆりの声がしない。
ふっと、水の匂いがした。さゆりがちらりと空に目をやる。
「雨が降りそうだ」
違う、と佑二は思う。これはさゆりの匂いだ。さゆりはいつも、そばにいると水の匂いがした。何も言えずにいる佑二を眺めて、さゆりは一歩だけ、佑二に近づいた。
「どうしたの」
もう一歩。佑二はなぜか下がりそうになってしまう爪先に力を入れて踏みとどまった。なぜか今、「取り残されている」という自覚が強く胸に残った。
「本当の、本当に、さゆり……? 夢とか、そういう、」
言いながら、やっと言いたかった言葉が口をついた。
「ずっと会いたかった」
「あたしもだ」
佑二は瞬く。かすかな違和感が胸を掠めた。さっきもそうだ。まるで答えを用意していたかのように、機械的なほど返答が早い。さゆりとの会話はこんなテンポだったろうか。それとも、変わってしまったのは佑二の方なのか。佑二が変わってしまったという方が、可能性は高そうだった。
「会いに来たのか? 俺が引っ越した時はあの町にいたとか?」
急に質問があふれ出してくる。
「何か用があるのか? それとも遊びに?」
さゆりがすっと掌をこちらに向ける。佑二は口をつぐんだ。佑二の表情を眺めて、さゆりの目元に微笑が差す。
「急がなくても、あたしは消えたりしない」
「……あ、そっか」
無意識にさゆりがすぐに消えてしまうと思い込んでいた自分に気づき、佑二は思わず笑みをこぼす。思えばさゆりは、話が終わるまではいつも一緒にいてくれた。昔と変わらないさゆりの声で、佑二にも少し余裕が出て来た。
「少し話をしよう。どこに行こうか」
声をかけると、さゆりは遠くに目をやって笑い、かすかにうつむいた。懐かしい、さゆりの癖だ。顔にかかる髪を耳にかけ、その手で軽く頬に触れる。流れるようにその指先を顎まで持っていく。そう、その腕を、考え事でもするように組むのだ――と見ている佑二に手を伸ばして、ついでに背伸びもして、さゆりは佑二の頭をなでた。ふ、と笑おうとした顔を見て、佑二は目を見開いた。やっぱり違う、と思った。
「君、誰……? さゆりじゃない、だろ」
ゆっくりと見開かれた目に、曇り空の光が映り込んでいた。
まじかよさゆりちゃん




