イヤホンとワンピース
さゆりはいつの間にか会うことのなくなった友人だった。特別な決別や儀式もなく、まるで自然の摂理のようにいつの間にか縁の切れた友人だ。地元にいたころ、さゆりの存在を思い返したことはない。会えない日が続いていたとき、どうしているかな、などと考えたりはしたものの、それもだんだんと間が空いて、いつしか記憶のかなたにしまわれていた。
そのさゆりのことを、近頃、ことあるごとに思い出す。例えば街角や、信号の向こうや細い路地に、さゆりのワンピースがよぎったような気がすることがあるのだ。すれ違ったような気がしたのは、あの交差点での一回限りだが、佑二はさゆりの存在が近くにあることを感じるようになっていた。
さゆりのことを思い出すたび、小さかった頃の思い出が脳裏にちらついた。仲の良かった友達や錆びの入った駄菓子屋の看板、タバコ屋の陰で昼寝していたおにぎりという猫や、そこを駆け回っていた自分のことなどを。情けなかった。具体的に何がというのではないが、そうした思い出が蘇るたび、今の自分が情けなかった。あの頃と何が違うというのだろう。仕事をし、友達がいて、時々遊んだり、失敗をして成功もして努力もして、表面上はあの頃と何の遜色もない。おそらく違うのは気持ちだけなのだ。前を向けずうつむいて、広すぎる世界に放り出されて自分を保てず、イヤホンで自分の領域を作り、立ち止まることもできないから足だけは動かすのだ。それも、人波にぶつからないように速度を合わせて。ああ、情けない。
佑くん、と呼ぶ涼しい声を、今でも覚えている。するすると移動する涼しい視線も、肩の上で切り揃えられた細い髪も、淡い色のワンピースが翻るのも、「いつも見守っている」という言葉も。そう、ちょうどあの道の向こうを歩いている少女によく似て――。
「忘れないで。あたしはここにいる」
耳の中で、誰かがそう呟いた気がした。断片的な記憶が噴き出すようによみがえる。道の向こうを歩いている少女は、人の流れをするすると抜けて路地に入っていった。
「……待って」
佑二も流れに逆らって足を速める。ぶつかってくる人の肩を押しのけ、よたよたと駆け出す。少女が曲がった角を見失わないように見つめながら、佑二は少女を追いかけた。
角を曲がると、路地の向こうにまたワンピースがよぎっていくのが見えた。無我夢中で追いかける。
「待って、さゆり!」
少女は束の間足を止める。
「さゆり……?」
少女はゆっくりと振り返る。断片的な記憶ばかりで、実はその顔すらおぼろげだったさゆりが、佑二を振り返って笑った。
「久しぶり」
その涼しい声を、久しぶりに聞いた。




