表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: ぺの
6/12

イヤホンとワンピース

 さゆりはいつの間にか会うことのなくなった友人だった。特別な決別や儀式もなく、まるで自然の摂理のようにいつの間にか縁の切れた友人だ。地元にいたころ、さゆりの存在を思い返したことはない。会えない日が続いていたとき、どうしているかな、などと考えたりはしたものの、それもだんだんと間が空いて、いつしか記憶のかなたにしまわれていた。

 そのさゆりのことを、近頃、ことあるごとに思い出す。例えば街角や、信号の向こうや細い路地に、さゆりのワンピースがよぎったような気がすることがあるのだ。すれ違ったような気がしたのは、あの交差点での一回限りだが、佑二はさゆりの存在が近くにあることを感じるようになっていた。

 さゆりのことを思い出すたび、小さかった頃の思い出が脳裏にちらついた。仲の良かった友達や錆びの入った駄菓子屋の看板、タバコ屋の陰で昼寝していたおにぎりという猫や、そこを駆け回っていた自分のことなどを。情けなかった。具体的に何がというのではないが、そうした思い出が蘇るたび、今の自分が情けなかった。あの頃と何が違うというのだろう。仕事をし、友達がいて、時々遊んだり、失敗をして成功もして努力もして、表面上はあの頃と何の遜色もない。おそらく違うのは気持ちだけなのだ。前を向けずうつむいて、広すぎる世界に放り出されて自分を保てず、イヤホンで自分の領域を作り、立ち止まることもできないから足だけは動かすのだ。それも、人波にぶつからないように速度を合わせて。ああ、情けない。

佑くん、と呼ぶ涼しい声を、今でも覚えている。するすると移動する涼しい視線も、肩の上で切り揃えられた細い髪も、淡い色のワンピースが翻るのも、「いつも見守っている」という言葉も。そう、ちょうどあの道の向こうを歩いている少女によく似て――。

「忘れないで。あたしはここにいる」

 耳の中で、誰かがそう呟いた気がした。断片的な記憶が噴き出すようによみがえる。道の向こうを歩いている少女は、人の流れをするすると抜けて路地に入っていった。

「……待って」

 佑二も流れに逆らって足を速める。ぶつかってくる人の肩を押しのけ、よたよたと駆け出す。少女が曲がった角を見失わないように見つめながら、佑二は少女を追いかけた。

 角を曲がると、路地の向こうにまたワンピースがよぎっていくのが見えた。無我夢中で追いかける。

「待って、さゆり!」

 少女は束の間足を止める。

「さゆり……?」

 少女はゆっくりと振り返る。断片的な記憶ばかりで、実はその顔すらおぼろげだったさゆりが、佑二を振り返って笑った。

「久しぶり」

 その涼しい声を、久しぶりに聞いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ